上越 巻機山・登川米子沢遡行 山城 宗健


期 日 1996年10月6日(日)
天候 快晴
パーティ 山城 宗健  村瀬みゆき  中村 優

 前夜、例に依って飲み過ぎて、非常に辛い朝を迎える。午前6時起床。4時間も寝ていない。眠い上に、気持ち悪い事はこの上ない。いつもの通りの宿酔。

 朝食もろくに喉を通らず、コーヒーを2杯飲んで8時に出発。米子橋は堰堤の為、完全に涸れているが、堤を超えても水がない。早くもガレ場を迎えるが、それも30分で終了。最初のナメ沢を越し、3段40m滝は左から高巻く。高巻が正しいかどうか分からないが稜線目指して一気に登り、稜線からの下降は殆どヤブ漕ぎ状態。沢に戻り小滝を幾つも越える。この辺りから宿酔の為、どんどん調子の悪くなる奴1人。歩いては止まり、滝を登っては休む。ついには遡行しだして約2時間半位の所で一気に全てを戻す。大キジと同じで出すものを出せば後は回復するのみ。それからは調子を上げる。変化に富んだ滝はいずれも大した難度ではない。コンロのヘッドを忘れた奴がいて(それもこれも全部宿酔いのワタクシ)水にパンだけの昼食を済まし、上部へ。

 一個所上部ゴルジュの滝で左から回り込み、続いてトラバース気味に渡る所で多少手間取る。その後12mスダレ状から大ナメへ。この辺りから沢は開け、周りの紅葉が今を盛りと目を楽しませてくれる。ここ最近の東京の涼しさから寒さへ秋の最中、ここ新潟の沢はポカポカ陽気でTシャツ1枚で充分。最終局面は大ナメから細くなる沢を離れてガレをつめ、草原を越え、池糖を見ながら稜線へ。
午後2時30分巻機山山頂着。巻機山というピークはないとガイドブックにはあるが、目の前に1962mと書かれた巻機山山頂を示す杭が立っているが百名山ブームで巻機山という山が出来たのかも知れない。この頃からジュニアこと中村優と村瀬サンを含めた3人は超空腹状態。2時40分途中でライターを失くした私は頂上で火を貰い、タバコを2本立て続けに吸い、下山。コースタイム3時間の下山路を一路駐車場へ向かう。5時過ぎ駐車場着。

 紅葉を堪能した沢登りだったがザイルも使わずに済んでしまったのは、些か物足りないといえないでもないか。



上越 巻機山 米子沢で思ったこと

絶好の行楽日和とは、この日のような天気をいうのだろう。この上なく良い天気で10月というのに、しかも新潟県で、半袖1枚で休んでいてもちっとも寒くなく、さわやかで汗すらほとんどかかなかった……というのも、あまりにも前半休憩の回数が多かったことにも関係あるのだけれども……。自己管理の大切さを知った。

 前の晩、時間も早かったし暖かったので、外で食事をしていたら2回注意されてしまった。やはりお酒が入ると声も大きくなってくるので、周囲にテントがある場合はテントにの中で、音量に注意して(地声の大きい人は特に注意!!)時間を気にしながら話すべきだろう。しかし、今回は正式なテン場ではなく駐車場だった。このような場合は?

山道がドンドン広くなってしまうのは、通る人が多くなればしかたないことなのだろうが、広くなった分、もともとそこに生えていた植物は死んでしまったことになる。しかし道の真中が歩きにくいと、どうしても歩きやすい端を行ってしまう。こうしてハゲ山が広がっていく。

最近山道がやたら階段状になっているのは土砂の流出を防ぐためなのか?非常に歩きにくくて私は大嫌いだ。誰かこのようにする本当の理由を教えてください。

山城さんの車はとても速くて快適だ。 大久保さんの車は夏は夏らしく、冬は冬らしく過ごすことができる。時間を大切にするなら山城氏、身体をナチュラルな状態に保ちたいなら大久保氏の車を選ぶべきだろう。 (記 村瀬)