10年前、この山岳会に入会するまでランタンなどはファミリーキャンプ用品で、山では無用の長物であると思っていた。今でも単独の時は荷物になるので持っていく気はしないが、パーティーで行く場合はすっかり必需品になってしまった。
小人数の場合はランタンを持っていくのは少々大袈裟な感じがするが、あると頗る便利、便利である。
EPIgas ガスランタン |
以前のろーそく時代ならば夕飯は床から照らす幽かな明かりの中、密やかに行われる儀式で、何を食っているか肉眼では確認できないことが多かった。ヘッ電を時々つけて面子に不気味な物は混入していないか確認しながら、五官を全開にして味わう食事もまた味なものであった。雪を融かした新鮮なでき立ての水を皆でありがたく頂いたものであった。ろーそくとヘッ電の電池の残量を気にしながらいただく般若湯にも味わいが・・・。というような状況ではとても疲れて呑み続けることもできず程よい加減で就寝できたのではないだろうか。
自分が初めてランタンの威力に接したのは入会してすぐ新人として参加した白峰三山で、先輩会員であるキンちゃんが持参していたたしかプリムスのガスランタンであった。
新しいプラブーツのスカルパ ベガ、1本締めでないワンタッチのサレワのアイゼン、初めて着るナイロンのダブルヤッケではないゴアテックスのジャケットに身を固め、ヤッケの下はニッカーと毛シャツも着ていない、どこから見ても新人という一部のすきもない格好で臨んだ初合宿であった。しかし一皮むけば中身は腐りかけた山岳部員のなれの果て。すぐに奇行の数々を行い、皆に白い目で見られたのが自分の合宿デビューだったようである。ちなみにこの合宿はキンちゃんの尻せーどによる足の骨折で幕を閉じたのであった。
1泊目の夜叉神峠ではあまり感じなかったが、翌日その威力を思い知らされることになった。テントに入った時は外も明るくてさほどではなかったが、宵闇が迫るほどに神々しいまでの輝きが増して行くのであった。更に時間が経ち、外はぬばたまの闇となってもなお、天幕の中が暗くならないのである。文明開化である。陸蒸気である。そして天幕中に昼を得た我々は尽きることを知らぬ烈日の宴へと突入していったのであった。
この小型太陽のおかげで連日宴会となり最終日を待たずに酒は底をついた。
また現実を白日のもとに晒すその光のせいで、作った水に浮かぶは木皮や底に堆積する砂などが非常によく見えるようになり、水作りに時間がかかるようになってしまった。
明るいだけでなく、結構暖房効果もあり、燃費もいいので長い目で見ると若干の燃料の節約にもなるようである。
夜の楽しみが増えた分酒による失敗も増えている。やはり日没後は速やかに寝袋にもぐりこんだほうがいいのではないだろうか。
でももうろーそく生活には戻れない。
ろうそくは非常用に各自用意しておくとよい。いざというときの暖房やコンロがわりになるし、沈澱時にはこねて創作活動に使える。
(H11.8)