シュラフ(寝袋)のお話


1.N氏のお話

 私が本格的に山を始めた15年前には、冬の夜の寒さに耐えるのは当たり前という風潮があり、一方では荷物の軽量化ということも言われていました。したがって、この2つの命題から導き出される結論は「暖かいシュラフは重くて邪道だ」ということです。(なんと短絡的かつ乱暴、身体にやさしくない結論なのでしょう。)

 そこで私も冬合宿に備えたシュラフ購入の際は、重量1kgを越えないシングルのものを選びました。当時で32750円だったと思います。以来、そのシングルの高級シュラフを愛用しているわけですが、冬の白峰三山に行ったときまでは、私の高級シングルシュラフの天下でした。何と、メンバーのなかにはスリーシーズン用の化繊シュラフを使っている者(1名)や半シュラフの者(1名)もいたのですから。

 時は流れある年の春合宿に向う夜汽車の中、ひょんなことから冬の剱岳の話が持ち上がり、3人で大いにはしゃいだことがあった、と後ほど話を聞きました。(残念ながら記憶にございません) この剱行きを境に、私を取り巻くシュラフ環境が大きく様変わりしました。

 ペラペラ化繊シュラフのM氏と半シュラフのO氏はあろうことか、ICIで冬季用の分厚いダウンシュラフを買ってしまったのです……。この剣行き以前の山行では、3人寄り添うように寝ていたのに、この時から2人は寄り添ってくれなくなってしまいました。

 それでも自分以外の人々も寒さを堪えているに違いない、と頑なに信じていた私でしたが先日の北八ヶ岳で、私の15年間はいったいなんだったのかと省みざるを得なくなる、とんでもない事実が発覚しました。その1つが浅香さんの「エー、このシュラフ、向こうが透けて見える。」という発言でした。この15年間、私は人のシュラフも当然「透けて見える」と信じていました。特に“縫い目”の近傍はダウンは集合してくれずペラペラのナイロン生地だけ、というのが当たり前と思っていました。しかし、浅香・大久保両氏のそれは分厚く、しかもボックス構造のため、お天道様にかざしても透けて見えることなど有り得ないでしょう。大久保氏はさらに追い討ちをかけるように「ヘッ、ヘッ…! なんたって、ダウン900g封入ですよ。私はヴァランドレか、MEのシュラフしか使いませんから…。」などとのたもうていました。

 非常に冷えた一夜が明けた翌朝、驚き発言その2が大久保さんの口から発せられました。「フリースなんて着たら暑くて寝苦しいですよ」。私はフリースもヤッケも着込んでいながら寒さで、何度も目が覚めたにもかかわらず、御両人はそんなの着なくても平気です、とこともなげに言うのでした……。

 私は15年間(こればっかり)にわたって欺かれ続けたことに、やっと気が付きました。高々400g―― アルファ米2袋です ―― の重さが増えても一晩安眠出来るほうが、はるかにメリットは大きいことは自明です。

 皆さん、私も分厚いシュラフを買うことを決めました。そして、次回の山行の朝、安らかな眠りから覚めた私は満面に笑みを浮かべ「あーあ。良く眠れた…。あんまりは冷えなかったねえ・・、昨日の夜は…。」なんてほざいていることでしょう。
(W編註:その後2年間N氏がシュラフ自慢をし、暖かい夜を過ごしている事実は確認されていない)

教訓 冬のシュラフは暖かいものに限る。(シングル不可)
(稜友MEMO平成9年1月号)
※半シュラフとは…一時期流行したビバーク用下半身用シュラフ。通称象足。サスペンダーがついていて羽毛服、シュラフカバーとの併用で冬期用に利用されることも多かった。コンパクトで暖かいので愛用者も多かった。現在は売っているのを見たことがない。使っている人も希である。(下写真参照)


2.O氏のお話

 上記原稿で半シュラフとのお叱りを受けた「O」です。私の半シュラフは透かしてみても向こう側は見えません。ボックス縫製より重くて暖かいダブル縫製です。

 自分の場合も昔は、「山行は気合いだ」ではありませんが3シーズン用のシュラフにシュラフカバー(ナイロン製ダブル!のヤッケみたいなもの)で過ごしていました。寝袋は使用可能温度などが決められているようですが、あくまで目安であり、中に入る人がイヌイットの場合とマサイ族の場合には当然使用可能温度が変わってきます。

 でもやはり冬でもいつでもどこでも半袖で生活しているNさんでさえもいい寝袋を使った方がいいよと仰有ってますので、予算の許す限りいいものを買った方がいいでしょう。

 シュラフカバーも重要です。格安でナイロン製のものも売っていますが、防水してある関係で通気性がなく、一晩寝ると結露で寝袋が凍結します。価格は高いけれどもゴアテックス製のものを手に入れましょう。シュラフは3シーズン用でもシュラフカバーは必ずゴアテックスの物を使い、防寒具を着れば何とかなるものです。

 中綿入りの高級ヤッケを買うなら(これがまた使いにくい)ヤッケは安い物にしてその分の予算をシュラフに回した方が賢明です。

(H10.10.28)