爺ケ岳東尾根(春合宿)
岡田真也


期日 平成4年5月
パーティー 水野、中村、岡田、坂井、力竹、坪井、英、若杉


 新宿発の夜行アルプス号で大町に向かう。
 軽井沢での友人の結婚式に出席するためにザックの中には礼服と革靴が入っている。
 駅で瓶詰め電気ブランを阿部さんが差し入れてくれた。
乗車してそうそういつものとおりビールを一気に飲んだ後、話は電気ブランに。神谷バーの話しなどひとしきりし、電気ブランをひととおり味見をしたあと、瓶から水筒に移すため岡田持参のバーボンー本弱を消費する。
 水野、中村、岡田の最悪メンバー(と人は呼ぶ)はほとんどハイキング気分で、八王子に着くまでに当初の目的を果たし水筒は空になる。坂井さんと力竹さん、坪井さんも最初はつきあってくれていたがあきれて早々に寝てしまった。のみながら今年の冬は剣だという話で大いに盛りあがる。こうなってくるともう歯止めはない。とうとう虎の子の電気ブランに手を出す。
 酔っぱらいの特有のしつこさで何度も同じ話しのくり返し。停車時間にジュースを買いにホームに降りてもあたりをはばからぬ大声でくりかえす。この蛮行は電気ブランが尽きるまで続く。
 今思いかえすととても恥ずかしい。同行の面々の恥ずかしさ、周囲の迷惑はいかほどだったろう。深く反省している(端からはそう見えないかもしれない)。
 寝入ったかと思うともう大町だとたたき起こされる。睡眠時間は2時間もなかっただろう。もうろうとしながらも意識を取り戻し(?)たころはすでに列車はホームに入っていた。慌てて周囲の荷物をかき集め、ザックをつかんで背後でドアのしまる音を間きながらホームに転がり出る。周囲の様子を見る余裕はもちろんない。
 トイレに行き缶ジュースを3本ばかり飲む。まだここでも剣の話をしている。礼服を着て山の上で騒ごうとも思ったがよれよれになってしまうと困るので往復下山を決意し、礼服と靴をコインロッカーに預ける。
 タクシーで鹿島へ。タクシーの中はさぞかし酒臭かったであろう。
 荷物をおろしたあとに水野さんが自分の靴がないことにはじめて気付く。直ちに他パーティーが乗ってきたタクシーに乗り、大町まで靴を探しにいく。すぐ戻ってくるかと待っているとなかなか戻って来ない。タクシーが出るとすぐに中村さんはザックの上で熟睡。岡田はまだ酔っている様子でそこいらをうろうろしている。
 小一時間待つと水野氏帰る。
 待合室やホームを探したけれどもなく、列車内におき忘れた模様とのことで駅に依頼してきたそうである。
 坂井さん、若杉さん、英さんは体力的に不安があるといって先発。
 樹林帯を登りはじめると中村氏強烈な宿酔いでじわじわと遅れはじめる。岡田はまだ宿酔いには至らず酔っぱらいのままのぼる。
 強烈に酒の匂いと汚物を撒き散らしながら歩く3人組を追いぬいて行くパーティーはどう思ったことだろう(まあわかってはいるが…)。
 中村氏ストックによりかかるようにしながら登って行く。
 先発隊は足が速い(はずの)トラ部隊が一行に追いついてこないので不審がっていたそうである。
 靴がないやつがゐるので雪が出てきた時点で幕営。少し戻った斜面で雪訓
 靴を忘れた人には明日下山する岡田がプラブーツを貸す。幸い最大級の靴だったので靴下を重ねばきしただけで使用可能になった。
 雪訓の間は靴を貸してしまってスニーカーの岡田はしばしのテントキーパーとなる。とても暖かくぼおっとしていると睡魔に襲われ、すっかり昼寝をしてしまう。
 夕食はすきやき。若杉さんは無用な酒の消費を防ぐために割り下はすでに調合したものを持参していた。
 食後は恒例により雀の涙ほどのんだ後3人は酒量を制限され4人用エスパースに隔離されてしまった。
 下世話な話に花が咲き、酒がなくなると水を容器に入れ、かすかに香る水をくみかわす。
 翌朝、パーティーのメンバーに大きな迷惑をかけたが当人だけは至って元気な岡田は往路と同じ東尾根を再び下る。アイゼンをザックの後ろにぶら下げて歩いて(走って)いたらアイゼンバンドをビナに通しておいたにもかかわらずヒールの部分を薮にもっていかれた。後で登山用具屋にいったらやはりヒールピースだけは売っていないといわれた。カジタは片足だけでも売っているそうである。
 やはり外にぶら下げて歩いてはいけない。
 アイゼン、ピッケル、登山靴(水野氏使用)は一度も使わずに戻ってきた。
 結局酔っぱらったまま歩いて、ただ昼寝をして帰ってきたような山行であった。
 肝心の登山内容についてはすっかり酔っぱらっていたのでよく覚えていない。
あまり参考にならない記録であるが読み返して戒めとすることとしよう。