北八ヶ岳 蓼科山
坂井

期  日 1998年6月6日
メンバー 坂井 清

5月の春山合宿「剣をめざしてトレーニングをしなきゃ」と思って急に走り始めたのが4月の初め、2週間が経過して、少し調子を上げようとしたのが災いして、右足ふくらはぎに、肉離れ現象を起こしてしまって、泣く泣く参加はあきらめました。皆さんの山行記録を読むのが悔しくて、ついビールを飲みすぎてしまったりして、埒もない3週間を過ごしてしまいました。

5月の中旬に、足慣らしを兼ねて、奥武蔵を気まま歩き、23日には、ロータリークラブの第3回目のハイキングの引率をして、ようやくオンシーズンへの体勢が整いました。

さて、6月6日は、遊び人の仲間(スキーのクロカンや軟弱自転車ツーリングやったり、旨いもの食いの会をやったりの任意の中・老年不良集団)が、信州姫木平のペンションに集まり、地元の真澄の蔵元夫婦も参加して、手作りソーセージ(実は私めが講師で)と山菜と、ワインと、日本酒の大パーティーをやろうとの企みがあって、朝の9時に現地集合がかかりました。

というのも、姫木平は、八島湿原の北側に位置していて、車山のスキー場に連なる、なだらかな尾根道が、
実はすばらしいお花畑コースで、今なレンゲツツジ、もうすぐニッコウキスゲからヤナギランの群生へと季節の変化を花で彩る、しかも人はまれにしか来ない、秘境なのです。そこでソーセージ教室とパーティーの前にひと歩きしようということで、朝の現地集合とあいなったわけです。

前置きが長くなりましたが、せっかく信州まで行くというのに、八ヶ岳を素通りするてはないと思い、ペンションからいつも見えている蓼科山へ登ることにしました。

7〜8年前、力竹さんと、冬に東側から登りましたが、天候に恵まれず、頂上は踏んだものの、縦走は取りやめて吹雪(というほどでもなかった)の中を諏訪側へ下ったことがあります。そのコースは、登りだけでも4〜5時間かかった記憶があるので、今回は北側の蓼科牧場から車でアプローチし、夢の平有料道路の峠あたりに駐車スペースのある登山口がある事を確かめ、午前230分に東京をスタートしました。雨の中の出発で先が危ぶまれましたが、いずれにしても雨天決行の約束事が待っているので、わが速攻登山も決行することにしました。関越道は長野への分岐を過ぎたあたりから濃い霧で、そのあとずっと登山口までスローダウンを強いられ、結局登山口についたのは6時でした。

約束の待ち合わせ時間に追われているので、早速気合いを入れて、短パンにスニカーで、でもペースを上げ過ぎないように注意しながら登り始めました。

沢筋のゴーロ道だが、きちっとしまっており、今まだ残る原生林の中を、朝の冷気に包まれながら歩くのはとても爽快で、「エッ、 もう!」と思うまもなく将軍平。ここまでくれば目の前に頂上が望まれ、折よく薄日も差してくる運のよさ。「日ごろの行いがよい証拠」と自画自賛しながら、一気に頂上へ。

 頂上小屋のオヤジサンから「下からきたの? きょうは見晴らしがあいにくだねー」となぐさめられつつイワカガミのまっ盛りの頂上をゆっくり一周してご褒美のアメ玉を1個口に、西側の小高い岩に立って、遠く乗鞍の方角は望めたものの、展望は待っても回復しそうになかったので、「日ごろの行い」のことは忘れることにして、一気に下山しました。

久しぶりに、気持ちのいい汗をかいたのと、予想より気持ちのいい登山路に満足して、集合場所に9時ピッタリに到着するというおまけ付きの早朝登山でした。