穂高合宿(先発隊)

穂高合宿(先発隊4/29-5/3までの記録)

・時期、参加者:2013.4.30(火)~5.6(月祝):sa山(L)、笹田、カト(記)
・行程:
1日目(4/30~5/1、晴)涸沢
 新宿22:30(夜行バス)5:30/6:00…6:50明神…7:50徳沢…9:00横尾…10:50本谷橋付近…13:30涸沢(幕営)
2日目(5/2、晴(高所一時雪))北穂東稜
起床4:00…涸沢BC9:00…10:20東稜…14:00北穂高小屋…16:00涸沢BC
3日目(5/3、晴)涸沢槍-涸沢岳(sa山、笹田)
起床4:00…涸沢BC7:10…10:00涸沢槍右コル…12:30涸沢BC

・記録の前に:
5月2日、とんでもないものを見てしまった。
この日は、翌日の滝谷4尾根(1日夜メンバーで相談し第3尾根に変更)のために昨日涸沢まで担ぎあげた荷を再び担いで北穂沢を登り北穂テン場まで行く予定であった。今日は一日かけて北穂テン場まで行けばよいのでゆっくりしていた。気温は低く空気は冷たい。雪は締まっている。素晴らしい天気、コンディションで朝早くから北穂岳に向かっている人を眺めていた。
出発前の朝7:20頃北穂沢の上部を北穂岳方向にほぼ直線的に登っていた人が変な動きをした。その瞬間滑り出した。あっ滑落だ、と叫んだ。「止まれ、止まれ」と声を出していた。北穂沢のインゼル大岩右の小さなデブリで一端止まったかのように見えた。しかし止まらずにまた滑りだした。涸沢小屋とほぼ同じ高さの沢の中央で止まる。標高差800m、落下距離2,000mくらいか。

滑落
滑落

sa山さんが小屋に連絡と言い残して走って事故者に向かう。私は小屋に連絡してくれと後ろに叫ぶ。口だけが達者で身体が動かない。全身が固まってカメラを構えたが手が震えている。笹田さんが事故者に向かう。涸沢ヒュッテに常駐している長野県警の二人が事故者に向かう。
事故者の命は無事だった。8:30頃ヘリで搬送される。後で聞いたところでは、上部ルートを間違えていたとのこと。
笹田さんから滝谷は中止して後発隊の下見を兼ねて北穂東稜に変更したい、また、後発隊との合流は涸沢にしようとの提案(※)があり当然同意。重い荷を担いでの北穂沢は危険、また、滑落を見て身体が動かないので更に危険との、判断。ドキドキひやひやで東稜を目指す。
※当初計画は5/2北穂テン場、5/3滝谷第4尾根(北穂テン場幕営)、5/3北穂沢途中で後発隊の南稜班、東稜班と合流。

・記録:
1日目(4/30~5/1、晴)涸沢
新宿発の夜行バスは縦3列のグリーンカー。飛行機のビジネスクラス程度に椅子が倒れるので良く寝たと思う。上高地でsa山さんから食材を預かる。キャベツ半玉、白菜1/4玉、茄子2個、他にもあったが忘れた。sa山さんの生野菜は鬼門だが、今回は定着なので植える(捨てる)ことはないと思う。昨年の北鎌尾根では2日目の朝、あまりの多くの野菜があったので白菜遺棄命令が下り林の中に植えた実績を持っている。
今回のザック重量は皆さん26Kgから28Kg程度か。私は家の秤では27Kgだったのでいつもながらハーネス、ガチャ類を身につける。預かった食材を入れてザック重量25Kg程度か。それにしても重い。ボッカ訓練では23Kgに止めているので果たして担ぎ上げられるか心配であった。しかし火事場の馬鹿力とはよく言ったもので何とか涸沢を詰めるところまで行く。涸沢ヒュッテの鯉のぼりが見えた最後の登りで堪らず休憩要求。笹田さんとsa山さんに先に行ってもらう。涸沢BCに笹田さんから遅れること10分、13:40に着く。テン場は連休前半で空いている。ヤドカリではないが整地してある場所が空いていたのでお借りする。早速生ビールとおでんのセット(1400円)をいただく。16:00頃急に冷えてきたのでテントに戻りsa山シェフの料理、トン汁をいただく。入山日の晩飯は各自だったが翌日を各自に変更。明日は北穂テン場に1日かけて行くだけなので酒量が多くなった。20:00頃就寝か。

2日目(5/2、晴(高所一時雪))北穂東稜
4:00起床。暗いうちからヘッデンをつけて北穂沢を登っている。sa山さんのスープ(玉ねぎか?)が上手い。朝飯をゆっくりとり準備のために外に出て北穂への登山者を眺めていると冒頭の事故を目撃する。
東稜までの急斜面は滑落のことで頭が一杯。sa山さん先頭でルートを見極めてくれる。本日東稜登攀者は我々パーティーだけ。雪は締まってダブルアックスが良く利く。

北穂東稜コル直下
北穂東稜コル直下

身体が温かくなり雪に慣れてきて恐怖が徐々に薄れていく。1時間強で稜に上がる。ここでコンテを組む。4年前の同時期に来た時より雪が多い。ゴジラの背は1か所を除いてほとんどは雪稜になっている。2Pをスタカットで行く。前穂、奥穂は雲がなく素晴らしい稜線となっている。槍は残念ながら雲がかかっていてその姿を隠している。パラパラと霰のような硬い雪が降ってくる。カメラを出すためにオーバー手袋を脱いだら左手を東斜面側に飛ばしてしまう。5~6m下にあるのが見えるが危険なので諦める。薄手のお気に入りのオーバー手袋だが仕方がない。替えの厚手ウール手袋を薄手ウール手袋の上につける。ウール手袋2枚をつけても左手が冷える。オーバー手袋の威力を知る。
北穂小屋に14:00に着く。スタートが遅かったので誰もいない。あまり食べていないのでレーションをほうばり下山開始。松濤岩からC沢を覗く。急斜面でここは下れないと思った。北穂沢の下りでまた滑落を思い出してスムーズに足が出ない。後ろから

ゴジラの背を行く
ゴジラの背を行く

笹田さんからのアドバイス。奥歯を噛締めずに口をあけるくらいにリラックスするようにと。
16:00テン場に着く。7時間の行動。4年前は待ち時間が多く12時間かかった。寒くても小屋に生ビールを飲みに行く。
晩飯は各自の予定だったが、sa山さんが自前の食材でポトフを作ってくれる。まるで料理人さながらの上手さだ。
3日目(5/3、晴)涸沢槍-涸沢岳(sa山、笹田)、後発隊と合流
私は休養をとらせてもらう。笹田さん、sa山さんは涸沢槍-涸沢岳-奥穂山荘-BCのルートを行く。7:00過ぎに出発し涸沢槍の右コルに消える10:00頃まで見させてもらう。ほとんど人がいない真っ白な雪面を点となった二人が少しずつ紺碧の空に向かって歩を進める。
テントキーパーは初めての経験。シュラフとシュラフカバー干し、後発隊のテン場の整地、トイレ作りなどなど結構忙しい。昼飯は小屋のラーメンを食す。あまり美味くない。高所で美味いものを求めるのが無理だ。笹田さんが出発時に帰還は13:00頃と言っていたのでのんびりしていたら12:20に帰ってきた。慌ててお湯を沸かしてインスタントカフェオレを飲んでもらう。sa山さんは20分遅れで帰還。
後発隊は14:00過ぎに到着。涸沢を行列をなして上がってきた。テント設営、荷物整理して全員で小屋のお座敷コーナーで生ビールとおでんで乾杯。14名の大部隊で壮観だ。この日も気温が低く寒いので早々にしてテントに帰る。食事は先発隊は別になっている予定だが嬉しい誤算で後発隊が面倒を見てくれると言う。キムチ鍋を美味しくいただく。
グッチーCL、さぶLが笹田さんに明日の山行の相談に来る。私は東稜組に入っていたが、前から南稜組に入ると言っていたので再度お願いする。3人Pより2人Pが良いと言うことで藍澤さんが東稜組に入ってsa山さん、グッチー、さぶさんの4人が決まる。
いよいよ明日が本番なので早く寝る。
(先発隊記録完)

先発春合宿、sa山
何年ぶりの涸沢だろうか、北陵山岳会に再入会する前は、毎年連休前に入り、連休初日に降りていた。水とトイレがあり便利ではあるが、混雑は苦手だ。

5/1日
今回は笹田様、カト様と3人で夜行バス、それも贅沢をして3列シート、若干高めの設定だが、ビール2本分と考えれば、楽チンが良い。合宿の前か後に、好きなルートを、との笹田様のお誘いに乗っかり、参加させていただきました、滝谷、もう行く機会は無いと諦めておりました。
新宿22時30分、相変わらず、見送りも、差し入れも無くバスは出発した。上高地には5時半ごろ着、腹ごしらえと、食料荷物分担を行い、また嫌われながらの出発となった。30kg近い荷物は久々だったので、たぶん横尾でダウンかなと予測しておりましたが皆様ありがとうございます、助かりました。
上高地~横尾まではそんなに感じなかったのですが、本谷に差し掛かるころは谷は雪で埋まり、例年より多いようだ。夏道を行かず、沢沿いに行けるのがうれしい、夏道通しはきついものがある、沢通しで行けるのは、6,7年ぶりではなかろうか。広い雪渓の沢沿いを、ゆっくり進む、右カーブに差し掛かるころ、上部に前穂が見えてくる、そこから一段越えると小屋の鯉のぼりが見えてくる、がそこからが涸沢までの楽しみの時間だ、近くに思えるが、そこからまだまだ1時間は掛かる。到着後早々テントを張り、おでんで乾杯。この絶景をバックに、酔いも進む、時間も進む、この時間が無性にいい。

5/2日
 今日は北穂、松濤岩基部まで、テントを背負っての移動、各自20kgを超える荷だ、これで、あの急登を行けるかなと、若干の不安があった、私はまだ若いとして良いのだが、皆さん時間をかけ行きましょう、と景色を堪能しながら考えていると、カト様が、あ、

滑落経路図
滑落経路図

滑落、との声、すぐ私の目にも飛び込んできました、最初鳥が飛んでいると見えましたが、それと同じような動きで、雪渓の上を落ちてきました、途中緩傾斜の場所で、止まると予測していましたが、そのまま通り越して、落ちてきます、涸沢ヒュッテ脇まで来て停止しました、北穂高岳の8割ほど登った処からの滑落です、とっさにこれはいかんと思い、ピッケル片手ですっ飛んでゆきました、あれだけの滑落ですから、衝撃で心肺停止、心室細動に陥っているかも知れない、早期除細動5分以内50パーセントの可能性です、1分で10パーセントの低下です(5年ほど前8月下旬白馬雪渓を下降中、大きな岩が右上方の沢(雪渓の沢を主とすると、2番目の沢から)辺りから、2個落ちてきました、最初はガラガラと大きな音を立てていましたが、雪渓上に達すると、無音で岩が落ちてゆきます、上から「ラーク」と叫ぶ、気づいた人は避け、2個目も避けたが、1個だけと思っていたのか、その人は下を向いていて2個目に気づかず、飛ばされた、急いで駆けつけたが、心肺停止状態です、ちょうど県警パトロールの2名が登って来ていて、また私の後ろを下山していた人が医師でしたので、心肺蘇生(心臓マッサージ、人工呼吸)を施し、ヘリで搬送されましたが、助かりませんでした)

 到着後、本人意識あり、状態確認、外傷は頭部の裂傷、あとは、腰が痛い、胸が痛いとの事、ザックをはずし、ピッケルをはずし、滑落で下がったズボンを上げ、これ以上落ちないよう、固定し気を配るが本人は、寒さのためか、痛みを和らげるためか寝返りを打つ。最初一緒にやってくれていた人はいつの間にかいなくなっていた。ヒュッテから救助応援に2名到着、笹田様も救助応援に駆けつける、県警が到着、毛布を頼む、救命ボートが到着、それに乗っけて、ヘリポートまで下ろす、ヘリに乗っけるまで約1時間。
 テントに戻り、笹田様は今後の計画を変更し、ベースキャンプはここ涸沢にして今日は北穂東陵とした。時間をつぶしてしまったが、9時半頃出発する。
 

東稜1
東稜1

1時間ほど登り緩斜面で1本休憩を取る、そこからsa山、笹田様、カト様コンテで北鎌沢を北尾根最低コルめざしゆっくり登る、雪は締まっていて、アイゼンが効く、上部は傾斜も増しピッケル、バイルを効かせ尾根に出る。先行パーティーも後続も無く、あせらずゆっくり登れる。生憎雲が邪魔をして槍ヶ岳は見えない。右下に北穂池まで左下北穂沢まで切れている。途中スタッカトでゴジラの背に到着、右にトラバース気味に回りこみ先の岩に始点を取る、ザイルが25mなので、後続がいたら文句が出そう。そこから雪陵40mほど進み、最後のコルに降りる。ここまでは両サイドすっぱりと切れ落ち高度感充分で、ビレーも雪で行っているので、いざと言う時は、反対側に飛び込むのが一番のようだ。ここからは尾根沿いに北穂小屋めざし登る、最後急登を20m程登りきると、小屋が用意したベンチの手前にひょっこりと出る、北穂頂上14時半、松波岩、C沢を覗いたりし北穂沢を、ゆっくり下る、涸沢キャンプ場、16時半着。生ビールは4時半までという事で、諦めきれず売店を覗くと、4時50分という事で、今日もおでんで乾杯です。夜は、トン汁に、冷凍うどんで締め。

東稜2
東稜2

 

5/3日
カト様休息日、7時、笹田様とsa山は涸沢槍右肩最低コルの左側のコルに向かう、前方にスキーを担いだ人が、最低コルに向かっている、獅子岩に向かい、その後ろの雪陵を登る、取り付くと意外と傾斜がある。コルに到着し、涸沢槍の後ろを回る、夏は鎖場になっているが、雪で埋まっている、ピッケル、アイゼンを効かせ、雪と岩のミックスを慎重に行く、涸沢槍と涸沢岳のコルに出る、広い雪原でゆっくり出来る、ここから涸沢岳最後の登りに向かう、鎖場を4,5箇所、最後の登りは、鎖の一番上に立ち、その上に雪壁が70cmほど立っている、ピッケルを打ち込み乗越す、と尾根に出る。そこからはだらだら下り10分ほどで肩の小屋に着く。
 小休止しザイデングラードを下る、各自思い思いに降りてゆく、テント場1時ころ到着。カト様、後発隊のため、テント場整地、キープ、これだけそろって、テントが張れるとはありがたい。
 2時そろそろ到着時間だ、トランシーバーで呼びかけてみる、最後の乗っこしにかかり、鯉のぼりが見えるとの返事、ここからが、涸沢の、最後の楽しみだ。
 今回、初涸沢の人が何人か居ますが、お気に入りの場所になるでしょう。私は何回来ても、いまだに飽きが来ません、早朝のモルゲンロートを、ぜひ見てもらいたい。

燧ヶ岳(山スキー)

〈期日〉2013年5月12日
〈参加者〉いた、部長、sa山、ハギ(記)、N夫妻(OB)
〈行程〉御池登山口(6:45)−広沢田代(08:05)−熊沢田代(09:15)−燧ヶ岳(10:45)−御池登山口(12:45)

金曜まで8割方中止だと思って何も準備しないでいたら、移動日の土曜は雨だが日曜は一転回復の予報になり、行けることになった。
土曜14時雨の中赤羽を出発、一路檜枝岐へ。檜枝岐は初めてだ。いたさんが涸沢と同じくらい大好きな場所だという。

予報通り雨が降っていたが、「アルザ尾瀬の郷」の軒下を借りてテントを張る。着いたのが19時、閉館時間ぴったりでタイミングがいい。道を挟んだトイレも綺麗で便器はホカホカ、電気は自動で点くし水道も使える。観光地なので当然と言えば当然なのだが…、山をやってると幸せを感じるハードル低くなるよね~、お手軽ね私たち、といたさんと二人でご満悦。と、トイレから戻るとそれまでなかった車が少し離れた場所に止まっていて、いたさんがそちらに近寄り「Nさん??」と声をかける。結果違かったが、ん??「Nさん」??なんで??

実は蔵王在住の北稜OB・Nさんご夫妻にお声掛けしていたとのこと、「遠いし天気も直前まで微妙だったから、行くと返事は貰っていたけどどうなるか分からないから、皆には黙ってたのよ」と種明かし。
ソワソワ・ワクワクしながら待っていると、宴会始めて間もなくいたさんの携帯に連絡が入り、ご夫妻登場!数日遅れのご主人の誕生日ということで、いたさんが内緒で用意していたホールタルトでお祝い。部長のカルボナーラペンネをつまみ、Sa山さんから貰い酒をし、遅くまで盛り上がったのだった。

朝、起床時間より早くテントの外に出たら雨は止んでおり雲の隙間から青空、気分も高まる。登山口の御池に向かった。道すがら、ふきのとうが目につきまくる。「帰りは山菜採りだね!」と一同ニンマリ。

御池の駐車場は除雪が行き届いているのか雪が全くないのだが、登山口から雪がたっぷりあり、最初からシール登行となった。今年は雪が多いらしい。部長いわく、「前来た時は、下の方はドロドロの道をスキー担いで登った」とのこと。うーん、ツイてるなぁ。

が、ほどなくスキー担いでツボ足で登っている人もいるなかなかの急斜面になり、山スキー初級者の私にはなかなか厳しい。ゲレンデ仕込みの斜滑降キックターンをする私に、N先輩が登るときは…とターンのアドバイスをくださった。おぉ、楽だ。。かつ、ターン失敗して滑っていかないよう、先輩方が代わる代わる私の1.5M真下にポジショニングして、見守りの態勢。すみません。。

横滑りする度に大騒ぎしながら上がった小ピークをシールつけたままゆるゆる下る。熊沢田代を過ぎれば最後の登りだ。

01燧
後方は熊沢田代

いたさんから、雪原ど真ん中突っ切りより左右のハイマツ帯(?)を舐めながら斜登行して行こうとの指示、初級者には目標物が定まることもあり心理的に安心だ。トップの部長は事もなげに急角度の斜登行を敢行、二番手のSa山さんからは(この角度で)行けるか?のお気遣い。「無理です!」と断言すると、角度を落として先導していただいた。凍結している時は、上部はクトーが必要になるらしいが、今回は不要だった。(私はクトーを持っていないので、イザに備えツボ足になれるよう、事前にスキー靴に合わせたアイゼンを持っていった。)

02燧
山頂まで、最後の登り(N先輩提供)

ようやく燧山頂直下の平坦地に到着、スキーをデポしてツボ足一分で山頂に到着。スキーの人だけでなく、沢山の登山者がいた。私は、奥鬼怒の方の尾瀬のすみっこの沢で来たのと、記憶もあやふやな3歳の時に両親に連れられ小屋泊まりで木道を歩いた経験だけで、実質物心ついて初めての尾瀬の山の登頂だ。あれが尾瀬沼、あの真っすぐ一本の線は木道、その向こうにあるのは至仏だ…と先輩の解説を聞きながらじっくり堪能した。

03燧
燧ヶ岳山頂

山頂にいたのは20分ほどか。デポ地まで降りてしばらく休んだ後、メインイベントに移る。御池駐車場まで、来た道を滑る、4時間の登りのご褒美だ。

上部広い雪原はゲレンデ様、雪が重いので、2月に新潟OBのT先輩にガイドして頂いて行った神楽の、ターンの度に身体がフワンと浮き上がるパウダーのようにはいかず、おぉっ?!ともたつくが…楽しい!!空はどこまでも青く、日差しは痛く、雪とのコントラストは眩しく、舞台設定は最高だ。

上部バーンからは上から見て左に寄り気味に進路をとる。苦手なツリーランも、雪は重いが凍ったりはしていないので、スキーは回したい時に自由に回せ、山スキー初級者でもまずまず快適に滑ることができた。

04燧
メインイベント中その1
05燧
メインイベント中その2(N先輩提供)

名残を惜しみながらあっという間に…
着いてしまった登山口!1時間半で終わってしまった。。
皆、会心の笑顔で握手。

せっかくここまで来たから帰路大内宿を観光するというN先輩ご夫妻とお別れし、我々は山菜採りへ。各々レジ袋一杯にふきのとうを採る(帰宅後ふき味噌を作り、一週間楽しみました)。温泉に浸かり、まるやという店で檜枝岐名物「断ち蕎麦」に舌鼓。最後まで大満足な二日間だった。

******
皆さまには沢山お気遣いをいただき、ありがとうございました。懲りずにまた行きたいと思っているので、今後ともよろしくお願いいたします。

穂高合宿(後発隊:北穂東稜)

春合宿 後発隊 北穂東稜組記録

5/4 晴れのち雪
sa山、グッチー、さぶ(記録)

行動予定
5:30涸沢出発ー北穂沢との分岐ーゴジラの背ー11:30北穂山荘(待機)ー北穂岳山頂ー15:30松波岩後発隊合流ー17:30?涸沢

前日、滝谷へアタックに行っているはずの先発隊と
思わぬ第三者の事故により(ここは先発隊の記録を参照)
涸沢で合流した後発隊だったが、私はその滑落の様を聞き、正直ビビっていた。
雪が例年のGWとはうって変り、気温が低いことから相当しまっているとのこと。
笹田さんより
「さぶちゃん、バイル持ってきたかい?明日の東稜は持って行った方がいいよー」
とアドバイスをもらう。
正直、お守り代わりにもってきたバイルを使う事になるとは思ってなかった。

当日、
南稜組は笹田L、カトさん、イタさん、部長、カオリ、アトム、たかひで、ほっしー、ケン、コバ
東稜組は、sa山さん-アイザワさん、グッチーさん-さぶの4人
5:30頃テン場を出発。
南稜隊は私たちより、20分ほどまえに出発。
すでに、北穂沢は列になっている。
我々もその列に並びそろそろと歩いて行く。
天気はいったってよい。北穂沢まではバケツができていて歩きやすかった。
しばらく行ったところで、アイザワさんがひざの不調を訴える。
東稜は無理とのこと。
北穂沢を一人であがるか、このまま下山するという。
ちょうど、北穂沢から南稜への分岐で南稜隊がロープセットしていたので
南稜隊の笹田リーダーに事情を伝えに走り、不要になった、ロープを人数の多い南稜隊に1本託す。

東稜への取り付きへトラバースする手前の緩斜面にてヒマコンセットしsa山-グッチー-さぶの順につながる。
ここでアイザワさんとお別れ。
(結局アイザワさんはこの後、一人下山された。この後、ヘロヘロで帰ってきた私たちを、あたたかいココアを作ってわれわれをテンバで迎えてくれました。本当にありがたかったです。ありがとうございました)

ここからは先ほどのようなバケツはなく。うっすらとアイゼンの歯の穴が小さくあいているのみ。
このトラバースが個人的には一番緊張した。トラバースきらい。。。

その後は、東稜に上がる急斜面への上りとなる。
稜線には岩が少し出ており、その岩の左、右共にルートがとれるようだが、
右のが乗っこしが楽とのsa山さんの教えにより、右のルートをとる。

01東稜取り付き
東稜取り付き sa山さんリード

稜線に出る手前でsa山さんよりバイルを出せと指示がありはじめてのダブルアックス

02北穂東稜
さぶの後ろを北穂沢を行く人、さらに後ろを南稜隊が見えます

たしかにピッケル1本より、この状態だとずっと登りやすく、安心して登れる。

稜線に出て少し行くと平らかな場所があったのでここでしばし一休み。後ろから後続があがってきたので先に行ってもらう。

前方を見ると槍がちょこんと顔を出した。
槍を見れるなんてなんてラッキーだろう。

その後は、ナイフリッジをまたぐように行く。爽快だ。

03北穂東稜
ゴジラの背手前ナイフリッジ。後ろに前穂東稜

その手前。核心部のゴジラの背の前で渋滞が発生しているのが見てとれる。
そろそろと上がっていき、渋滞の列の後ろに並ぶ。ここで約1時間ほど待機。天気がよくてよかった。
南稜を見やると、南稜隊が斜面を懸命に上る様が見えた。思わずケッチボーとエールを送る。

そのさらに奥は前穂の北尾根がよくみえる。
5.6峰その先1峰までのラインを見る。
ここを行って、北穂を超え、吊尾根、奥穂か・・・
無雪期にいった時のことを思い出す。(あの時は、おなかが痛くって大変だった・・・)
今回はアイゼンをつけてのクライミング・・・
明日、あそこにいくのか・・・と武者震い。
(今回は、行けませんでしたが、いずれ、必ず!!)

さて、やっと我が隊の番になる。
最初の雪のトラバースはコンテで行く。
道がしっかりできているが、ここで落ちたら命がないばかりかほかの二人を巻き込む可能性が大きい。
この状態で誰かがおちたら、反対の谷に飛びめるだろうかとシュミレーションする。

そのあとの岩場からスタカットになる。
ここでグッチーさんのピッケルバンドとロープが絡まって少々のタイムロス。
後ろの隊から「なにやってんのー」とヤジが飛ぶ。

次の日のトレーニングでもやったが、基本的にピッケルバンドはザックの下につけるようにしないといけない。
(雪崩そうな時は逆に危ない時に手から離せるようにしておくことが必要な場合もあるらしいのでいちがいにはいえないらしいが)

sa山さんが先行し、グッチーさんビレイ。
グッチーさんをsa山さんがビレイし、最後にグッチーさんが私をビレイしてくるようなシステムだ。
グッチーさんが行き、その後、私をビレイしてくれるのをを待っていると。
後ろのガイドのチームが
「まだ??ロープ張っているじゃん。もう行っていいんじゃない?」
とせっつかれる。
グッチーさんに確認するが、まだビレイとれてないとのこと。
待っていて急ぎたい気持ちはわかるが他の隊のことに口を出して事故でもあったらどうするつもりなんだろう。
後ろぴったり登られると、修行の足りない、私も焦ってしまい、余計怖い。。。
このときに第三者の言動に惑わされない平常心が必要だと思った。

04東稜核心部全景
東稜核心部全景。大渋滞中。。

1P行ったところで、狭い岩場だが、後ろのガイドチームはコンテで行くというので、先に行ってもらう。
雪稜から最後のコルについたところから、またコンテに変えて、北穂山荘への最後の急斜面を登る。
北穂までの登りは楽しい雪壁登りだ。
アックスもアイゼンも利いて気分よく高度を上げる。

北穂山荘に出て、みんなで固く握手。
その後、休憩して、北穂頂上にて撮影。

05北穂頂上
北穂頂上!!やりました!!

雪の北穂に登れるとは!!!
本当に、sa山さん、グッチーさんありがとうございました!

しばし、山荘前で歓談し、12時すぎ、南稜チームへ無線機で交信を試みるが
南稜隊アトムさん、それどころじゃない模様が聞いてとれる。
1時間で70メートルも動いていないとのこと。
相当、厳しそうだ。
時間がかかりそうだが、予定どおり松波岩で落ち合う事をトランシーバーで確認する。

そうこうしている内に雪がちらついてきたので、北穂山荘に入ってコーヒーを飲む。
14時過ぎトランシーバーでの交信をすると、そろそろ松波岩につきそうとの事。
北穂山頂を経て、合流地点の松波岩までおりる。
ケッチボーを叫ぶと、あちらからケッチボーの声が聞こえる。
sa山さんが急斜面を迎えに行くので、後ろをついて行くが、
登ったら、私の技量だとロープを出さないとおりてこれそうにない・・・。
足手まといになると判断し、あきらめて、下で待つ。

ほどなく南稜隊が続々とおりてくる。
みんなの顔を見てほっとし、再会を喜び記念撮影。

06松波岩
松波岩にて南稜隊とケッチボー

山で仲間と再会できる喜びをかみしめる。

一休みし、全員で、涸沢まで下る。
ここから先の記録は南稜隊にお任せします。

サブリーダーとしては、役不足な部分があり、反省点が残りますが、雪の穂高は本当によいところでした。
大所帯を取りまとめてくれた、谷口リーダー
東稜を案内してくれたsa山さん
南稜隊を率いてくれた、ささださん、カトさん、諸先輩方には本当に感謝しております。

また、北稜のゆかいな仲間たちと、有意義な合宿のひと時を一緒に過ごせたことを心から幸せに思います。
本当にありがとうございました!!