創立60周年記念山行:南アルプス縦走記録 加藤

創立60周年記念山行:南アルプス縦走記録

・時期:2014.7.18~7.31
・目的:全山縦走(光岳~聖岳~赤石岳~悪沢岳~塩見岳~農鳥岳~間ノ岳~北岳~仙丈ケ岳~甲斐駒ヶ岳~鋸岳)

・参加者:ミナト(L)、イシツカミ、カト (記)
合流組:アトム(7/18-22赤石岳-椹島下山)
ツノダ、トヨダ(7/26-27北岳)
キム兄(7/29-31甲斐駒、鋸)

・食糧計画(各自):
(ミナト)
朝食・・・アルファ米1/2袋+コーヒー   昼食・・・アルファ米1/2袋(朝の残り)
夕食・・・アルファ米1袋+スープ
ビタミン、カルシウム・・・サプリメント
(カト)
夕食用主食(アルファ1/2):アルファ白米2、アルファ牛飯2、アルファちらし寿司1、即席パスタ1
夕食副食:カレー4日分(炒めひき肉、乾燥野菜)、玉ねぎスープ10
朝食用主食(アルファ1/2):アルファ白米2、アルファ山菜おこわ1、即席しらす雑炊2
朝食副食:インスタント味噌汁10、あじ干物4、お茶漬けの元4、梅干し
レーション:バゲット2、練乳、豆類、乾燥こまい、アルファ米2(ツノダ氏から補給)
(イシツカミ)
朝食・・・玄米ブラウン、菓子パン、大福(ツノダ氏からの補給)+コーヒー
行動食&昼食・・・アルファ米(1/2が基本。しかし全部食べた時もある)
夕食・・・アルファ米1袋+スープ(がっちり系のスープ)
ビタミン、サプリメント、飲料水(アミノバイタル)1.5?~2?

・記録:
(はじめに)
南アルプスの南部は一度行きたいと思っていた。また、甲斐駒から派生する鋸尾根・鋸岳も甲斐駒に登るたびにいつかは!と思っていた。今回の記念山行のお蔭で両方がいっぺんに叶った。しかも一度に南ア全山を縦走するというおまけまでついて…。2週間も山に入ったことも初めてでいろいろな意味でよい経験、冥途の土産となった。

60周年記念アルプス縦断計画を企画していただいた阿部代表ほか関係者、本山行のメンバーであるミナトL、イシツカミさんに感謝したい。特に南ア全山縦走にあたってミナトLの綿密な計画と柔軟な現実対応によって安全に実行できたことが何よりの成果だったと思う。また、イシツカミさんの終始元気で絶えないおしゃべりと笑いが疲れを忘れさせてくれた。更に、最初の5日間同行していただいた強力アトム氏、北岳ケッチボーで食糧補給を頂いたツノダ、トヨダノ両氏、北沢峠ケッチボーで酒の差し入れをいただき鋸同行のキム兄、皆さんには大変お世話を頂いた。これらの方々のご協力なくして長期山行はできなかったと思う。感謝に絶えない。

山行の途中で出会った方々からは我々の山行に驚きと羨望の眼が向けらエールを送られた。例えば、14日間縦走のザックの小さいことに驚き20数人パーティのリーダーから参考にするようにと紹介され、反対に大きなザックで14日間もよく行動できると驚かれ、また、仙丈ケ岳で我々に驚嘆した男女二人パーティは甲斐駒で一緒に写真を撮りたいと1時間も待っていたなど、山の仲間達の励みがひ弱な私の力の源泉となったことも事実だと思う。

道中、我々3人は嫁夫婦と舅と見られていたようだ。他の方から見れば年寄りが若い夫婦の間に入って何てことだなどと思われていたのだろう。しかも、テント内では、食べ物、飲み物をシェアーするし寝るときは寄り添うし(トン旦那には悪いが)何とも仲が良い。単独でいるよりよほど孤独感を味わう。反面、長く生きているとこんな体験もするものと山の仲間の良さを新鮮な気持ちで感じた。

今年71歳の私には少し乱暴な山行であり「介護山行」に終始したことは間違いない。この意味でも二人のパートナーに感謝したい。
以下、山行中思いついたことを書き述べ記録としたい。

7月18日(金)雨後曇
新宿発高速バス21:00-飯田駅7/19 1:00
・24:00を回り飯田駅近くの公園で幕営。最初は歩道上にテントを張るが巡回ポリスから安全確保上から注意されすぐ近くの公園を紹介される。 (飯田駅近くの公園で幕営)

7月19日(土)曇後雨
起床4:30 飯田駅6:20-7:30平岡駅7:35(タクシー)8:35易老渡8:50-易老岳
14:00/14:20-光小屋16:50   (光小屋幕営)
・易老渡登山口駐車場満杯。30分で尾根に乗り10:40面平、雨が落ちてくる。
・易老岳まで長い急登。本山行の核心のような感じ。イシツカミさんの荷を少しミナト、アトムの両強力に分ける。

光岳
光岳

7月20日(日)曇後雨
起床3:30 光小屋4:30-光岳4:50-5:00光小屋6:00-易老岳7:55/8:10-茶臼岳10:50-上河内岳13:10-聖平小屋14:00  (聖平小屋幕営)

・光岳は2,500mを超える山としては日本の最南端にあるとして百名山というが展望がなく何ということもない。写真が乱れてご免なさい。

・聖平小屋が近くなったところで雨が落ちてくる。急いだため浮石に右足を乗せてよろける。右手ストックを着くも斜面で空を切り顔面から倒れる。眼鏡が飛び右額を擦りむく。傷は大したことはないが眼鏡が心配。案の定フレームが大きく開き使い物にならない。しかしレンズが無事だったことが不幸中の幸い。以後メガネなし。

・14:00頃小屋軒先に入ったところで強い雨、バケツをひっくり返したような豪雨、16:00頃小雨になったところでテント設営。

7月21日(月)晴
起床3:00 聖平小屋4:30-聖岳7:15-兎岳10:05-小兎岳10:50-中盛丸山12:10-百間洞山の家13:30   (百閒洞露営地幕営)
・聖岳は急斜面を1時間登る。聖岳から兎岳は急登急降下を繰り返す。

聖岳
聖岳

・百間洞で2日間の雨で濡れた装備を乾かす。

・家から何回か着信記録があったので電話すると青森五所川原の義母が7/20亡くなったと聞く。山行の進退を女房と相談すると下山しなくてよいと言う。ならば、下山したら青森に行き8月の北アは断念する旨を伝える。

・ミナトLから、明日の中岳非難小屋までは長いので今後のことを考慮すると間に1泊入れた修正計画が示され同意する。7/22は中岳非難小屋から手前の荒川小屋泊に、また、7/23は中岳非難小屋先の高山裏非難小屋幕営に変更。以後は当初計画通りで下山は7/30から7/31に変更。この旨掲示板で知らせる。

赤石岳
赤石岳
赤石岳避難小屋ハモニカ
赤石岳避難小屋ハモニカ

7月22日(火)晴
起床3:00 百閒洞露営地幕営4:00-赤石岳7:20/8:40-小赤石岳9:10-荒川小屋12:30    (荒川小屋泊)

・赤石岳避難小屋に寄り女性管理人からハモニカ演奏の歓迎を受ける。最初はアメリカ民謡「ミズーリ川をこえて(タイトルは「シェナンドー」か?)、アンコールするとダブルバモニカで「津軽のふるさと」。義母の死などいろいろありちょっとジンとくる。

・男性管理人からは展望の良い場所を教えてもらい南アルプスの山の大きさと谷の深さを堪能する。また、高山裏非難小屋管理人への手紙とリンゴをミナトLが託される。私たちもリンゴ1個いただく。

・義母の葬儀はすべて地元の親戚のご協力で済ませたので私は9月の四十九日に行けばよいことになりすっきりして山行を続けることになった。この間ミナト、イシツカミの両氏には随分心配をかけた。

・荒川小屋の夕食はカレーと焼き豚の荒川丼。私は荒川丼。カレーとご飯はお替り自由なのでカレーも食す。一粒での二度おいしいとはこのことか。

悪沢岳
悪沢岳

 

7月23日(水)晴
起床4:00 荒川小屋5:10-中岳6:40-悪沢岳7:50/8:50-中岳非難小屋9:50-中岳10:00/10:30-前岳10:40-高山裏非難小屋13:20 (高山裏非難小屋幕営)

・悪沢岳は風がなく光岳から甲斐駒まで展望する。1時間山頂でのんびり過ごす。

・前岳からのルートは南西斜面が崩落していて危うい尾根。尾根を通過するとガレ沢600mの下り。

・高山裏非難小屋手前の水場で体を拭き、衣類を洗濯しさっぱりする。

7月24日(木)晴
起床4:00 高山裏非難小屋4:40-板谷岳6:00-小河内岳8:10-烏帽子岳10:20-三伏峠小屋12:20  (三伏峠小屋幕営)

・小屋手前の斜面の花を保護しているのでお花畑となって黄色、紫などの花が咲き乱れている。

・小屋でカップ麺を買う。以後昼飯用に小屋でカップ麺を買って食す。

塩見岳東峰
塩見岳東峰

7月25日(金)晴
起床3:00 三伏峠小屋3:50-本谷山4:50-塩見岳8:10-熊の平小屋13:40
(熊の平小屋幕営)

・権衛門山トラバースに入る手前で枯れ木を跨いだら右膝にかかりタイツを大きく破る。

・塩見岳東峰から掲示板に中間報告「涼しい朝でごめんなさい」を入れる。家に電話したら8時ころですでに30度を越しているとか。

7月26日(土)晴
起床3:00 熊の平小屋3:50-農鳥沢頭6:30/6:40-西農鳥岳7:40-農鳥岳8:20-農鳥小屋9:50-農鳥沢頭10:30-間ノ岳11:30-中白根岳12:40-北岳山荘13:10    (北岳山荘幕営)

・仙塩尾根を離れて三国沢、ガレた農鳥沢をトラバース。

ガレた農鳥沢
ガレた農鳥沢
08農鳥岳
08農鳥岳

 

間ノ岳
間ノ岳

・北岳山荘でツノダ、トヨダ両氏とケッチボー。ビール、酒、漬物、アルファ米などの差し入れに感謝。また、夕食はツノダ氏特製のボタージュをおいしくいただく。

北岳頂上サポート隊と
北岳頂上サポート隊と

7月27日(日)強風、曇後晴後雨
起床3:00 北岳山荘4:00-北岳5:30/6:00-中白根沢ノ頭7:00-両股小屋11:30   (両股小屋幕営)

 ・早朝から低気圧と前線の影響で強風。尾根ルートから八本歯コルルートの変更。風で体が飛ばされそう。

左股沢
左股沢

・肩ノ小屋、中白根沢ノ頭分岐でツノダ、トヨダ両氏と別れる。
・左股沢への斜面は崩落し強引に下る。イシヅカミさん滑る。下の私がザックに手をかけて止める。ロープを出して下りる。沢は不明瞭な下り。雪渓はロープを出す。

・小屋管理人曰く左股沢ルートは雪渓があり通行止めとのこと。下から上がる場合は看板があるが下る場合はない。
・小屋に着いたら強い雨が降りだす。

7月28日(月)晴
起床3:00 両股小屋3:50-伊那荒倉岳7:40-大仙丈ケ岳11:40-仙丈ケ岳12:10-仙丈小屋13:30  (仙丈小屋泊)

・北沢峠まで下らないと幕営地がないので仙丈小屋泊。平日なのに小屋泊まりは多い。

・大仙丈から千丈に向かう途中で単独のおじさんと話していたら、イシツカミさんがあなたは新潟ではないかと聞くとピンポーンでしかも同じ町の方だと言う。誰それは知っているかなど話が弾む。

・仙丈ケ岳では我々の縦走を称えてくれて甲斐駒での再会を期待したいというパーティもあった。

仙丈ケ岳
仙丈ケ岳

7月29日(火)晴
起床5:00 仙丈小屋5:30-北沢峠8:00/8:30-甲斐駒12:40/13:20-鋸尾根六合目石室14:20  (六合目石室泊)

・小仙丈付近からはNo1富士山、No2北岳、No3間ノ岳がそろい踏みしている素晴らしい展望。

富士、北岳、間ノ岳
富士、北岳、間ノ岳

・北沢峠でキム兄とケッチボー。7:15着なのでだいぶ待たせた。もっとも予定より遅れることはイシツカミさんがしっかりメールしていた。

・明日の天気が心配で仙水小屋で確認すると晴予報。この山行は最後まで天気に恵まれると喜ぶ。

・仙水峠経由で駒津峰まで一気に上がる。

・甲斐駒では前日再会しようといった男女二人組が1時間も我々を待っていた。どうも我々の俄かファンとなったようだ。女性は静岡、男性は大阪で、山で一緒になり意気投合し年数回一緒に山行しているとのこと。

甲斐駒
甲斐駒

・甲斐駒への登りで右足ひざ内側から上の筋肉の痛みを感じて湿布を張る。甲斐駒から鋸六合目石室までの下りは痛みを我慢して下る。この調子だと明日の鋸は断念せざるを得ない。ミナトLに伝えて明日の様子を見ることにする。

・六合目石室は立派な作り。イシヅカミ、キム兄両氏に水汲みに行ってもらうが水場が分からずしかも少量で苦労したようだ。1時間以上かかり心配したがしっかり確保してきた。

・痛む足の湿布を張り替えてテーピングをしっかりしてキム兄差し入れの焼酎をたらふく飲んで寝る。

7月30日(水)晴
起床4:00 鋸尾根六合目石室5:10-第二高点8:40-鹿窓9:20-大ギャップ10:00-鋸岳(第一高点)10:20/10:50-戸台川13:50-戸台P16:20(タクシー)伊那市18:00  (伊那市ビジネスH泊)

・右足の痛みはない。念のため腰痛対策のロキソニン錠60mgを飲む。私は体力がないせいかこの薬飲むと暫くは頭が朦朧となり吐き気をもようす。

・一度は鋸に登ってみたいと思っていたので痛みがなく憂いなく歩けるのはラッキーと思わねばならない。またミナトLに心配をかけた。

・ルートファインディングは難しい。前日仙丈小屋管理人に烏帽子岳への尾根に行くなよと注意されていたのにどこで間違えたか尾根筋から外れて斜面をあがると烏帽子岳への尾根に上がってしまった。

鋸鹿窓
鋸鹿窓

 

鋸岳(第一高点)
鋸岳(第一高点)

・角兵衛沢の下りはガラ場というより岩雪崩が起きそうな場所だ。ゴロゴロと岩が落ちて危険なので極力ジグザグに下る。

・戸台川にやっと下りて対岸のルートに行くのに裸足で川を渡る。冷たい川水が火照った足を癒してくれる。

・橋本山荘に泊まる予定だったが廃業したとのこと。どうりで2日前くらいから電話をしても出ないわけだ。

・タクシーで伊那市まで行く。運転手さん紹介のビジネスホテルに入る。ビジネスHには珍しい浴場があり、13日ぶりの風呂に入りたまった垢を流す。

・伊那市はソースかつ丼が名物とのことでH近くの店で特製を食す。もちろんビール、酒付だ。

・飲み足らずHに紹介してもらった飲み屋にキム兄と行く。うまい酒、鮪の刺身などを食う。22:00H帰還。

7月31日(木)晴
起床6:30 伊那市駅8:56=岡谷駅10:12(あずさ)新宿12:33

 

山行報告(140719-21 中央アルプス)

山行報告(140719-21 中央アルプス) byキム兄
土~月曜の3連休を控えた金曜夜21:30、さぶ隊長、アベさん、エビさんと合流、新宿からバスに乗り込む。30分前には南アルプスへ向かうミナト隊が出発しているはず。1時、駒ヶ根到着。すぐにタクシーで登山口となる林道終点へ。駐車場の四阿にすばやくテントを張って、就寝。

140719- (9)7/19土曜日-1日目
翌朝テントから顔を出すと雨は降っていない。事前の天気予報では土曜日曜ともに『曇り時々雨、降水確率60%』。天気は期待できない。各自手早く朝食を摂りつつテント撤収、7:00出発。
前の日曜、ボッカ練習はしたがその以前は一か月入山していない。まだまだ体が山や重荷に慣れていない気がする。起伏の少ない最初の水場(8:40)までにすでに息が上がる。
10時、突然雨に降られる。道が狭く雨具を着るタイミングを躊躇しているうちに結構濡れてしまう。しかし雨は止んだりパラついたりでずっと降っているわけではない。
写真140719- (9)
11:30、昼食。今日の行程はCT約5時間と短い。しかし天候が先行き不透明なためノンビリもしていられず、結局5時間20分(時刻12:20)で目的地の空木平避難小屋到着。“おー、キレイでいいトコだなぁ”なんて言っていた途端、うるさいくらい激しい雨が降り始める。5分でも遅れていたらズブ濡れになっていたかも、セーーッフ!

140719- (14)

 

夕方、雪解けの沢で冷やしたビールとサブさん製カレースープで昇天!私は気絶するように眠ってしまった。夜、目を覚ますと雨は断続的に屋根を叩いている。
写真140719- (14)
140720- (6)

 

 

7/20日曜日-2日目
3:30起床、幸いにも雨は降っていないようだ。窓の外は白んでいるが明るくはない。朝食はキム製おでんうどん、ちょっと量が多かった。人数分の量は多すぎと学ぶ。5:00 出発、これは良い天気だ。山頂部も見え、背後から陽が昇る。
写真140720- (6)
140720- (8)

 
6:00 空木岳頂上。60周年企画の一端に足跡を残す。一割程度の達成感。南に南駒、北に宝剣がよく見える。期待していなかった好天にテンションは徐々に上がっていく。これからは稜線歩き、西から風が吹いて涼しい。登りで暑くなったので一枚脱ごうと思っていたがそのまま再び歩き出す。
写真140720- (8)

140720- (19)

 

 

7:15、休憩。8:00ガスってくる。出発から雨具で行こうか考えていた位だから、素直にカッパを着るも、結局降られたのは一瞬だけですぐまた脱ぐ羽目に。
 暑くもないし、寒くもない。雲がかかったり、たまに晴れたり。登りでは涼風が吹き、汗もかかない。遠くに御嶽や乗鞍が見える。なんと気持ちの良い稜線歩き。 写真140720- (19)

140720- (24)

9:05、熊沢岳。10:15、檜尾岳(20分休憩)。11:40(15分休憩)、12:40(10分休憩)、13:40島田娘(というピーク)。いよいよ本日の最終ピーク、宝剣を間近に確認。さぶ隊長に念のためのチェストハーネスをご教示頂き、宝剣に臨む。フタを開けてみれば簡単な鎖場だったけど、千畳敷カールを上から見られて良かった。
写真140720- (24)

ピークを向こう(北側)に降り、14:50(ほぼCT通り)、目的地の駒ヶ岳頂上山荘到着。“連休2日目なんてゼッタイ混むよなぁ”なんて言っていたがそれ程混んでいない。ちょうど良いスペースを見つけ、幕営。ビールで乾杯していると寒くなってきたのでテントに入った途端、雨が激しくテントを叩く。またしても、セーーッフ! 夜はエビさん製パスタとマッシュポテトを頂きながらの宴会、この日は本当に完璧な一日だった。

140721- (1)

 

7/21月曜日-3日目
4:00起床、朝食はアベさん製冷やし中華。冷やすのが面倒でそのまま食べたが温かくてもおいしいことが分かった(シカシ何と呼べばいいのだ)。今日は急ぐわけではないのだが何となく手が動いて片付けたくなる。雨は降っていないがガスっている。ここまで続いた強運もそろそろ尽きるのだろうか。写真140721- (1)

140721- (5)

 

6:10 出発、山頂部は見えないが義務的に木曽駒ヶ岳山頂へ向かう。しかし、登るにつれてまた都合よく霧が晴れてくる。山頂部(6:35)ではブロッケン現象が現れたらしく、オバちゃん達が騒いでいる。我々が駆けつけると消えてしまったようだ。まあここまでツイていればブロッケンなんて別にイイもんね。
写真140721- (5)

P7210321

 

山頂から下った馬の背から乗鞍、西穂~奥穂~キレット~槍、表銀座、その奥に後立山の南部が見える。みやのり隊があの槍穂の裏を歩いてるんだろおなぁ。結局今日もいい天気。思わず日焼け止めを塗る(7:25)。
写真P7210321

140721- (7)

 

 

なだらかで平和な癒し系平坦部を歩いていくと現在建替え中の西駒山荘(8:55)。本山行、最後のピークとなる茶臼山に近づくも、そのお姿はガスの中・・ が、我々を迎えるようにサーっと雲が引く。何だかラッキー過ぎてコワい。10:00 茶臼140721- (11)山登頂(休憩20分)

 

 

温泉に寄り、ビールと地酒で下山祝いをし、帰路の特急も連休最終日だから指定席は満席なのに、ナゼか自由席のボックスに座れたり、ちょっと気持ち悪いくらいキモチよくって、申し訳ないけど謝る相手もいないし、まぁいっか。中アの神様、ありがとーっ!!

 

 

【コース】
駒ヶ根高原スキー場奥の林道終点P(泊) – 空木平避難小屋(泊) – 空木岳 – 檜尾岳 – 宝剣岳 – 駒ヶ岳頂上山荘(泊) – 駒ヶ岳 – 茶臼山 – スキー場P

【費用】
バス代(新宿→駒ヶ根): ¥3700
タクシー代(駒ヶ根→空木登山口): ¥4380
(スキー場P→せせらぎの湯): ¥4100
(せせらぎの湯→木曽福島駅): ¥1600
駒ヶ岳頂上山荘幕営料: ¥900/人
せせらぎの湯入浴料: ¥700/人

五竜岳春合宿(登攀隊)

五竜岳春合宿(GⅡ隊)

●場所:五竜GⅡ
●日程:平成26年5月4日
●メンバー:笹田・かおり(記)

●記録
5月4日 晴天 ? (テン場~白岳沢の出会~A沢~GⅠ~GⅡ頭~五竜山頂~五竜山荘~テン場)
―全体の記録は、小永氏の記録を参照―

4:30 にテン場を出発。
テン場でヒマコンをセッティングし、猿まわしのサルになった気分で歩きはじめる。
西遠見の幕営地を背にして、五竜の雄々しい山塊を見上げる。
背後からは、朝日が昇ってきて書き表せないくらい美しい。
振り返りながら、まだあまり眩しくない太陽を見て
『こんなに美しいなんて、もしや見納め?!イヤイヤ、もう一度太陽を拝むために文字通り必死で笹田さんに付いていかねば!』と心の中ではマイナス思考を払拭する為に無駄な労力を費やしていた。

西遠見の平たい尾根を少し歩き、白岳沢に降りる急斜面へと左へ折れる。
前日のテント内で、「最初の取り付きに降りる急斜面が、核心だよ」と注意喚起されていた。
かなり緊張感して下りに備えたが、前を歩く笹田氏はスキップでお花畑を歩いているように見える。
夜の気温で凍っているかと思った雪は以外にアイゼンが効く。
前を歩く、雪上生物と化した大先輩の歩行を真似て、出会へなんとか辿り着く。ふ~っ。

後方に阿部氏・サブ氏パーディが見える。
笹田氏が声をかけ、ルートを確認すると予定通りGⅡ中央稜を行くようだ。
2人の無事を祈りつつ、別のコースを行く『心の友』サブ氏との別れが寂しい。

6:30 白岳沢の出会にて、休憩後ヒマコンのまま登攀開始。
後ろを歩く笹田氏より右・左・と指示が飛び、言われた通りに動き少しずつ登る。
A沢の中央くらいには、なだれた道が出来ていて、絶えず小石や小さい雪の玉が滑り落ちてくる。

最初の休憩地点はにょきっと立つ木立。自分・ザックともにセルフをとり一安心。
ヨレヨレになったヒマコンのザイルを巻き直し、水を飲んだらまた急傾斜を登る。
またしても、体に巻きつけていたザイルがだらしなく足に絡んでくる。

8:50 シュルンドにて休憩。落石の心配が無く、下に落ち無いといても良い休憩場所。シュルンドに入ると言う概念が無かった私はまた大先輩より学ぶ。
A沢コル手前から左に入り、武田菱の左端を目指す。
一部凍っている斜面にアイゼンの刃が刺さらず、ここで湊隊長より借りたバイルを取り出す。
頼りなげなハイマツの根本にシュリンゲで支点を取り、ダブルアックスで登る。
必死に打ち込むから、飛び散った氷の欠片が顔にあたり冷たいし痛い。
ほんのちょっとしかバイルを使っていないのに、もう何十時間も氷壁に取り付いたかのような緊張感でビレイを取り、笹田氏に声を掛ける。ちょっとした岩のベンチに腰掛けザイルを引く。目の前には富士山から八ヶ岳・妙高・新潟の山々まで見渡せる。
笹田氏が飄々と登ってきた・・・・あれ??
10:00~10:10 支点を取った岩のベンチで暫し休憩後、定時連絡の為に無線を出す。
アトム氏の軽快な実況中継で、かなり元気づけられる。

10:30 GⅡに抜ける少し手前のリッジで大休止。
ヘロヘロの私を横目で眺めながら、笹田氏はGⅡ中央稜の2人組の姿を捉えに岩尾根の先端へ向かう。真っ黒な中央稜を眺めながら、「こんな雪の無い所、岩タケ採りに来たのか~?」と毒づいた。

11:00 GⅡを抜け一般道と合流する。
笹田氏は阿部・サブ組を気にしつつ、頂上へ向かう。
GⅡを抜けることに全力を尽くした私には、五竜の頂上までの道が長い・・・

11:40 五竜岳山頂に到着。
天気も良く360度の絶景。笹田氏に抱き着き、生きて登れたことに感謝。
ヒマコンを解除し下山。ザイルを外されると不安になるのは、リードを外された犬が飼い主を振り返りながら中々走り出せない状況に似ている。
途中GⅡの頭で登ってきた男性パーティに阿部・サブ組の動向を確認する。
GⅡ中央稜は雪が無く、藪漕ぎで大変のようだ。

13:02 五竜山荘到着。
アイゼンを脱ぐのが面倒だし、寄らずにそのまま下山を続ける。

思えば遠くへ来たもんだ~♪
思えば遠くへ来たもんだ~♪

14:30西遠見のテン場に無事帰着。先に戻っていた皆が優しく迎えてくれる。ありがたい。
中央稜の2人の動向を確認すると、無線で確認できていて一安心する。
笹田氏が冗談口調で「湊くん、何かあれば捜索隊出すから酒なんて飲んで待っていられないよな~」と。テン場に到達するのがやっとだった私は、またしても大先輩の偉大さを学ぶ。そうだ、仲間に何かあればあの道をまた登り返さなければならないのだ!体力・気力ともに足りなさ過ぎる自分を反省。
30分くらいで、阿部氏・サブ氏の姿が見え、本当に安堵し、歓喜した。
『母を訪ねて三千里』のマルコの気持ちがよくわかった。たた嬉しいのだ、顔を見られるだけで。
全員がそろった所で、登頂を祝い乾杯。宴会後就寝。

毎回毎回、お世話になりっぱなしの大先輩、笹田氏に感謝しつつ、この恩はいつになったら返すことができるのやら・・・?まだまだピヨピヨしていますが、今後も宜しくお願い致します。
大部隊を無事に帰京させた湊隊長をはじめ大勢の仲間に本当に感謝感謝。

五竜岳一般隊

五竜岳春合宿(一般隊)

  • 日程: 平成26年5月3日(土)~5日(月)
  • 行程: 
  • <5月3日(土)> 東京 ⇒ エスカルプラザ ⇒ アルプス平駅 → BC(西遠見山周辺)
  • <5月4日(日)> BC → 五竜岳山頂 → BC
  • <5月5日(月)> BC → アルプス平駅 ⇒ エスカルプラザ ⇒ 東京
    メンバー:
  • <一般隊>
    ミナト(L)、みやのり、アトム、たかたか、けんた、いしつかみ、とん(以上、敬称略)、小永(記録)
  • <登攀隊>
    笹田、アベ(L)、さぶ(記録)、かおり(記録)(以上、敬省略)

記録

<5月3日(土)>

  • 8:00  エスカルプラザ 集合 ~ 8:50  アルプス平駅 到着~
  • 9:10  アルプス平駅 出発~ 9:30~ 地蔵の頭 休憩(10分)~
  • 10:20~ 一ノ背 髪 休憩(10分)~10:50~二ノ背 髪 通過~
  • 11:25~ 中遠見山 休憩(15分)~
  • 12:30  西遠見山 到着・幕営準備開始~14:00  幕営準備完了~
  • 17:30~ 夕食(中華丼)~0:00~ 就寝

前日22時に西大宮駅・王子駅の各集合場所を出発した。
事故渋滞によって予定時間よりも2時間程度遅れて「道の駅ぽかぽかランド美麻」に到着した。全車集合の上、6時頃まで車内で仮眠を取った。
天気は晴れ。少し雲があった。

9時10分頃、アルプス平駅(1530m)から西遠見山(2268m)周辺の幕営地に向け出発した。先頭はけんたさん、最後尾はミナトリーダーであった。
雪の状態は良く危険箇所もないため、幕営地まで快適な山行であった。私(小永)は元々体力がない上に初めての雪山山行及びテント泊ということもあり、隊について行くのがやっとで景色を楽しむ余裕はなかった。特に妙に高さのあるザックのせいで身体が振られて体力を無駄に消耗した。
12時30分頃、幕営地に到着する。幕営地は、アベさんの判断により大遠見山(2106m)から2172mピークの中間地点辺りに決定された。幕営地到着直後の12時30分頃、幕営準備が開始された。幕営準備は、幕営地の整地と防風壁の設置から始まり、テント(3号~5号)の設置へと続いた。また、これら準備と並行してけんたさんがトイレを造成した。トイレの深さは目測で1m以上あり、3日間で使い切れないオーバースペックの見事な物件であった。
五竜ベース2
BCは幕営地到着後1時間30分程度で設置された。私は幕営地までの移動で完全に体力を消耗している上に経験不足ということもあって全く役に立てなかった。その日は夕方頃から強い風が吹き始めたが、その前に幕営準備作業が完了したことは幸いであった。

17時30分頃、夕食が開始された。B班(みやのり、アトム、たかたか、けんた、いしつかみ、小永)のメニューは、みやのりさん作の中華丼であった。野菜とうずら卵が入った豪華さでした。なお、A班(笹田、アベ、ミナト、さぶ、かおり、とん)のメニューは確認しなかった。

夕食後、アトムさん、たかたかさんを中心にお酒が進んだ。20時頃、就寝した。各テント4人ずつで、比較的ゆったりしていた。テント内は、夕方頃から吹き続ける風の音が五月蠅い。私はダウンジャケット、ダウンパンツ、及び雨具上下を着込んで寝たため、寒さを感じることなく6時間程度快眠することができた。

<5月4日(日)>

  • 4:00  朝食(卵雑炊/もちっこワンタン)~5:10  BC 出発
  • 6:30  五竜山荘 休憩(10分)~7:40~ 五竜岳山頂直下 休憩(10分)
  • 8:10  五竜岳山頂 到達(以降、20分休憩)~8:30五竜岳山頂 出発
  • 9:50  五竜山荘 休憩(40分)~11:10  BC 到着
  • 14:30 登攀隊(笹田、かおり組) BC到着
  • 15:10 登攀隊(アベ、さぶ組) BC到着 15:20~ 宴会
  • 16:40~ 夕食(ポトフ)  20:00~ 宴会/就寝

天気は快晴。雲一つない(ような)空であった。
4時頃、朝食が開始された。B班のメニューは、いしつかみさん作のもちっこワンタンであった。ワンタンスープにモチが入っておりボリューム十分であった。A班のメニューは、さぶさん作の卵雑炊のようであった。
五竜岳ベース
朝食後、パッキングし、5時10分頃、BCを出発した。先頭はミナトリーダー、最後尾はけんたさんであった。雪の状態は良好でアイゼンが良く効いた。また、昨晩とは違って風もないため快適な山行であった。
私は、ザックが空身になったにも関わらず、筋肉痛のせいで隊について行くのがやっとであった。
7時40分頃、五竜岳山頂直下に到着した。ここからは、当初、2~3人ずつコンテで登る計画であったが、ミナトリーダーの判断によって実施されなかった。
五竜岳へ2
BC出発から細かな休憩を挟みながら3時間、五竜岳山頂(2814m)に到達した。山頂では、20分程度の長めの休憩を取った。その間、とんさんによるシェービングのパフォーマンスがあった。
8時30分頃、BCを目指して山頂を後にした。復路も往路と同様に快調に進んだ。五竜岳3
9時50分頃、五竜山荘(2490m)に到着した。このままBCに戻っても、夕飯まで時間があるということで、長めの休憩を取った。

メンバーは、それぞれ食事を取ったり、夜の宴会のための物資の調達をした。なお、五竜山荘のカレーは、山荘宿泊者のみに提供されるということで、食べることはできなかった。40分間の休憩の後、10時30分頃、五竜山荘を後にした。
11時10分頃、BCに到着した。BC出発から休憩を含めて6時間の行動時間であった。
多少のトラブルはあったものの無難なアタックであった。私は、頭部に落石或いは落雪を受けたが愛用のヘルメットのおかげで難を逃れることができた。
BC到着後、夕飯までに時間があるため、ミナトリーダーを中心としたちょっとしたロープワークの講習が開催された。また、これと並行して、夕食の準備が開始された。
夕食の担当はたかたかさんと私で、メニューはポトフであった。私はジャガイモ2個を皮むきしただけで、メニューの決定、食材の調達、調理とほとんどの作業をたかたかさんがした(たかたかさんには感謝致します)。ソーセージが控え目で不安であったが、野菜の旨味が良く出ており上々の仕上がりであった。

14時30分頃、登攀隊(笹田、かおり組)、続いて、15時10分頃、登攀隊(アベ、さぶ組)が無事にBCに帰還した。その後、快晴の空の下、宴会と夕食が開始される。
酒のつまみが進む中、夕食のポトフが残るのではないかと心配したが、あっさりと無くなった。私は、宴会の間、覚え立ての水作りにはまり、水作りに没頭した。
外での宴会及び夕食は、17時頃終了した。

20時頃、4号テントにおいて、夜の宴会が開始された。夜の宴会に参加しなかったけんたさんと私は、昨日に引き続き3号テントで就寝した。4号テントの宴会は異様な盛り上がりを見せ、少なくとも20時頃まで続いた。
なお、この日の夜から明朝にかけて、たかたかさんといしつかみさんは3号テント及び5号テント間に特設されたツェルトでビバーク訓練を実施した。

<5月5日(月)>

  • 5:30~ 朝食(うどん/スープパスタ)  6:10~ BC 撤収開始
  • 7:10~ BC出発7:50~ 中遠見山 休憩(10分)
  • 8:20二ノ背 髪 通過  8:10一ノ背 髪 通過
  • 9:00アルプス平駅 到着

天気は晴れ後曇り。5時30分頃、朝食が開始された。
B班のメニューは、けんたさん作のスープパスタであった。このスープパスタは、魚肉ソーセージ入りで、ガス欠の不安がありつつも無事に完成した。A班のメニューは、とんさん作のうどんのようであった。朝食後の6時10分頃、BCの撤収が開始された。個人装備の整頓と共に、テント等の共同装備が撤収される。
私は初日の反省もあって個人装備をできるだけ圧縮してパッキングした。しかし、個人装備の整理が終わった頃には、共同装備の撤収作業はほとんど完了しており、参加できなかった。今後、個人装備を素早く整理する工夫が必要である。BCの撤収作業が終わった後、7時10分頃、BCを後にした。先頭はけんたさん、最後尾はミナトリーダーであった。
五竜岳4 BCからアルプス平駅までは、多少の小休止があるもののほぼノンストップで到着した。アルプス平駅付近で天気が悪化してきたものの、2時間かからない下山で、ほとんど雨の被害に遭わずに済んだ。
東京までの帰りの途中、行きの集合場所でもあった「道の駅ぽかぽかランド美麻」にて温泉に入り食事を取った。

<まとめ>
全体的には、天候に恵まれて絶景が楽しめる快適な山行となりましたが、個人的には、初めての雪山山行及びテント泊ということもあり十分楽しむことができない山行となりました。
とは言うものの、日本各地で遭難事故が多発したゴールデンウィーク中の3日間、安全に過ごせたことは幸いでした。これもミナトリーダー並びにメンバーの皆さんのおかげです。ありがとうございました。

冬山セルフレスキュー谷川岳

● 日時:平成26年4月5(土)~6日(日)

● メンバー,さぶ(L)、グッチー(SL)、いた、Sa山、かおり、いしづかみ、O~、アトム(記録)

● 行程 5日  高崎駅始発7時10分、終点水上駅8時14分着電車で水上駅集合・・ 8時25分発バスで谷川天神ロープウエイ駅着8時45分・・・ロープウエイ乗車9時30分・・・天神尾根まで急登の登山道ルートにて尾根に到着1030分・・・熊穴沢小屋到着1130分・・・12時雪洞掘り、滑落停止訓練・・・16時、8名全員雪洞にて宴会、夜食21時睡眠 
6日  5時起床 7時準備開始・・・7時30分訓練説明・・・8時訓練開始・・・12時訓練終了・・・1230分熊穴沢小屋発・・・14時下りロープウエイ乗り場到着 バス15時発乗車・・・水上駅1520分着・・・1553分発高崎行き電車乗車・・・大宮1831分着流れ解散

記録 

5日 冬山レスキューもされど今回2年ぶりの雪洞掘りと宴会も楽しみであった。しかし天気予報ではあまりいい予報ではないが気分は上昇 何とか持ちこたへロープウエイ天神平駅をスタート 隊列は先頭からSa山さん、いたさん、みっちゃん、グッチさん、アトム(筆者)、かおりちゃん、O~ちゃん、さぶちゃんでスタート 初っぱなの急登にかかる。会話が途切れ息があがる、今回初泊まりの新人さんO~ちゃんも付いてきている。天神尾根登山道に到着、冷えない程度に休みヤッケを脱ぎ熊穴沢小屋方面に向かう、新雪にしっかりトレースが付いている、雲の隙間から時々日は差すが雲が厚い箇所が多くやはり期待はできない、お昼前に熊穴沢小屋に到着、雪におおわれ小屋の屋根も見えない、ここでも今年の雪の多さが判る。確か一昨年は小屋の屋根だけは見えていた。雪洞掘りと訓練箇所を探すが小屋の西面の斜面で滑落訓練、そしてその近くに雪洞を掘ることに決めた。小休止し男子が雪洞掘りをして女子が滑落訓練と分かれた。

今回は8名全員で雪洞で過ごしたいため通気と強度を考え出入り口を2箇所掘ることから始めたがだいたいの構想でスタート 雪洞掘りリーダーは山でも仕事でも経験豊かなSa山さんが左の穴を掘る、右側の穴をグッチーさんが掘っていると、こりゃなんだと空洞あとを掘りながらかき分けていくと雪洞あとを発見した。

さらに大きく掘っていたところに、女子チームが訓練終了し手伝いに来てくれた。みな楽しそうに夢中で掘っていた。16時頃から雪洞内で8人腰を下ろし、各自持参のつまみを頂きながら乾杯、自分は水上到着時間を1本遅い電車と勘違いし、あわてて自宅を出発したため、つまみもカメラも忘れた。皆さんおつまみ有り難うございます。(お酒は忘れない)  Sa山さんがふぐひれを持ってきてくれて熱燗のひれ酒も頂けた。こんなところで飲めるなんてなんて贅沢な、夕食は昨年末塩見以来のみっちゃんの美味しい料理を頂く、段取りよく事前の仕込みができているので手間いらずである。和気あいあいの最中だが外はかなり強く風が時々吹く、雪洞内にはほとんど聞こえない 21時過ぎ睡眠  

雪洞内

6日  5時起床だが雪で防音がしっかりしているため静かすぎて男子チームは530分頃になってしまった。ほどよく支度し、かおりちゃんの朝食はアルファ米を使用したしっかり味の付いた雑炊を頂いた。これも美味しかった。

さて朝食で元気が付いたところでセルフレスキューの準備にかかる。最初にさぶちゃんの説明を聞く、都岳連で勉強してきたことをさらなる知識で水平展開してくれる。ありがたい、 まずはビーコンの操作から始める 埋めるビーコンを送信モードにしてさぶちゃんとグッチーさんが雪の中に人体と同じようなクッションにしたかおりちゃん持参のガラ袋に入れて埋めてくる。かくれんぼをしているわけではないが、もちろん二人を目で追わない。「もーいいよ、」ではないが準備完了の合図 雪に埋まったビーコンを捜すために、手持ちのビーコンを受信モードにした。音と方向と距離で探しにかかる。半径1mぐらいまでの所にはすぐに到着 そこからが慎重にビーコンを当てるが正確な液晶表示が出る前にビーコンを移動しているようだ、アナログではないので演算処理に1秒弱かかるかなと思ったが、すかさずさぶちゃんが「すぐビーコンを移動したら正確な数字が出ないよ」と教えてくれた。(余談だがビーコンから発射する電波はNHK第一放送の関東圏AMラジオ周波数の下なのでラジオでもビーだけは聞こえるはずだ、)

ビーコンで埋没者捜索
ビーコンで埋没者捜索

AM10時日帰り隊と無線交信の時間だ、コールサインを言い連絡を取るが時々聞こえる程度 何度かやるが時々聞こえて交信には至らなかった。残念である。しかし携帯電話のアンテナは3立ちであった。あれれ・・・。次は同じように捜索して救助人確保までの訓練を行う、ビーコンで近くまで探し当てそこから手分けして救助人のゲレンデ確保をスコップで、捜索はプローブを突く 被災者発見まで約15分かかった、次に女子隊 なれてきたのか、才能か いたさんリーダーの指示のもと5分で被災者発見  さぶちゃんが被災者役をかってでてくれた。すぐ近くの雪をかき分けたゲレンデにみっちゃん、O~ちゃん、かおりちゃん、いたさん4人で運び出した。気のせいか少し疲れたような・・・   

埋没者救出
埋没者救出

 何度か行いビーコン捜索はこれで打ち切り、今度は被災者を一時確保して救助が来るまでの仮雪洞作り(スノーマウント)のやり方をさぶリーダーの指導のもと作業開始、ザックを8人分並べその上にツエルトをかぶし、雪を覆う 20分ぐらいかけ雪を上に乗せ固め入り口の穴を掘りツエルトを出す予定だがツエルトが雪に食い込みなかなか抜けない、いたさんが自分ツエルトのため破けないか心配になったが、何とかツエルトをとり除きザックを一つ一つ取り出し成功。 短時間で一時確保の雪洞ができた。ここで8人全員記念写真 みんなの笑顔がいい。 
最後にロープで被災者を斜面からロープで引きずり上げるロープワークの訓練にかかる、Sa山さんがロ珍しい金具を持ってきた。かおりちゃんが木の根にロープを巻き付けるインクノットを眼と体に焼き付け復習している。O~ちゃんは初めてなのに呑み込みがいいと伝わる。自分はグッチーさんと組みグッチーさん持参の金具 ロープで引きずり上げるときにロープが戻らなく、引っかかる金具を(名前をしらない)環ビナに通し引き上げを教わる。 ありがたい教えだ、忘れないように何度も確認  金具の名称も調べよう。(タイブロック)

引き上げ(1/2ライジングシステム)
引き上げ(1/2ライジングシステム)

なんだかんだでお昼になってしまった。これから帰りの支度にかかる、このとき他のパーティーが雪洞の近くにテントを張るところだったので「我々は帰るので雪洞使ってもいいですよ」と言ったがテントを張る事にしていた。全員の支度ができ天神ロープウエイ乗り場に向かい出発 天気がだんだん急変してきた。風も強くなり雪も降ってきた。4月の吹雪が顔に当たる冷たさはさすがに微妙にゆるい。しかしやはり顔が痛いが我慢できる冷た痛さである。

吹き付ける、春の雪
吹き付ける、春の雪

日帰り隊が練習していると思われる天神スキー場近くに行ったが見あたらなかった、トランシーバーもあるのに連絡もとれず残念である。次回からトランシーバーの出力を上げよう。

高度が下がれば悪天候も少しはゆるい、無事天神ロープウエイ乗り場に到着 みなさんご苦労様でした。 

今回 楽しい雪洞での一晩もよかったが、さぶリーダー指導のもと人命に関わるレスキューも習得できた。都岳連に講習に行き、さぶリーダーが習得を得た知識を7人に水平展開でき、それを我々は習得できた事はありがたい。今度は我々が今回得た知識を他のメンバーに正しく伝えることが、さぶリーダーに対してのお礼かと思う。

さぶリーダー初め、SLのグッチさん、ベテランのいたさん、Sa山さん、皆さん有り難うございました。

赤岳県界尾根

●日程:平成26年3月29日~3月30日

●メンバー:笹田・サブ・かおり(記)

●記録

3月29日 晴天 ☀ (サンメドウ清里スキー場~大天狗)
朝一のあずさで新宿を出発。半袖でも大丈夫なくらい暖かい陽気だ。9時半ごろサンメドウ清里スキー場に到着。あまりの暖かさに冬用のインナーを駐車場で脱ぐ。
10時出発と順調なスタートをきった。
 人があまり入って居ないのと、ここ数日の暖かい気温で雪解けが進んだので足が取られる。
沢沿いの道を進む。1100少し前頃に休憩を取る。
県界尾根の標識付近で、腿まで沈む春の重たい雪にワカンを装着。
さほど歩かないうちに、急登になりワカンを脱ぐ。
木や草につかまり登る。
途中凍った足元に冷や汗をかきながら、地図通り直角にまがり尾根に上がる。暖かく、夏道の土が露出していて、鹿糞まみれの道をのんきにおしゃべりしながら歩いた。
しばらくするとまた足を取られる。雪がかなり腐っていてわかんをつけてワッシャワッシャと進む。
地図通りだとコーナー部分が小天狗だが、1時間半ほど歩いたところに小天狗の標識があり、衝撃を受ける。そろそろ大天狗だと思っていた浅はかな私は、精神的ダメージから立ち直るのにしばらく掛かる。ベテラン笹田氏・鉄人サブ氏も同様にブーイングが出ていたので、それぞれに少なからずダメージを受けたのだろう。私だけじゃ無かった・・・・・・ほっ。

小天狗の位置が…
小天狗の位置が…

天気がよく富士山・赤岳の眺めは最高である。
相変わらず雪が腐っていて、木の周りなどは背丈が埋まるほど落ちてしまう。恐る恐る1歩を進める状態で、途中からは10分交代でラッセル。
私は、大天狗までの最後の歩きは、ヘトヘトで一歩を踏み出すのが辛かった。先行する2人は疲れを見せず、ラッセルしてくれる。流石だ。
4時半近くにやっと大天狗に到着する。広く平らな大天狗で本日幕営。
体力・時間があるなら本日中にピストンする予定であったが、時間(私は気力と体力も)の為、予定通り幕営。

素晴らしい幕営場所
素晴らしい幕営場所

快適なテン場に気分を良くし、笹田氏奥方様お手製のケーキで乾杯。宴会後就寝。
夜半より雨・風が強くなり、私・サブちゃんは爆睡していたが笹田氏はテントの張綱をなおしてくれたようだ。いつもすいません、ソコツな女共で。

3月30日 みぞれ→雨→わりと土砂降り ☂  (大天狗~サンメドウ清里スキー場)
300起床
天候がかなり悪く、気圧が急激に下がっている。樹木に守られているせいかテントへの影響は無いが雨足も風も強い。
ゆっくりと朝食を取りながら、気圧の変化を見て行動を決めようと言う事になり、天候とは逆に優雅に朝食。5時頃でも天候の回復が見込めないのと、悪天予報だった事もあり、下山宣告。
毎度天気が悪くなかなか頂上を踏めない赤岳だが、悪天での登攀をせずに下山することに胸をなでおろし、英断をしてくれた隊長に感謝。
620 天場出発 吹雪いている山の、地面と空との境界があやふやな景色が美しい。
ワカンを装着して登ってきたときに出来たトレースを下る。
954 登山口到着。終始わかんを装着しての登山であった。雨で全身濡れている。笹田氏はパンツまで濡れていたようで、寄った温泉でパンツを購入していた。
サンメドウスキー場カラマツロッジで地元の皆様が子供スキー教室に使っている集会場にお邪魔させて頂き、濡れた装備を外す。
親切な奥様方に『この天気でも行くのだから山が好きなのね~』と呆れられながら、タクシーを待つ。今シーズン最後のスキー教室の子どもたちに紛れながら、暖房の効いた暖かい部屋に入れてくれた事に本当に感謝。

悪天候の為、頂上を踏むことは出来なかったが、色々な面で大変勉強になる山行であった。
体力・気力・判断力、そして首まで雪に埋まっても決して折れない精神力が必要!と学んだ。
最後に、いつもピヨピヨ組を優しく指導してくれる笹田師匠・楽しくて頼れる隊長サブちゃん本当にありがとうございました。春のラッセルは辛いけど、また行きたいね県界尾根!

~笹田さん記録~

早春の県界尾根    笹田記

 

春は梢に、咲くかと待ちし

花を尋ねて、山廻り

秋はさやけき、影を尋ねて

 月見る方にと、山廻り

冬は冴え行く、時雨の雲の

 雪を誘いて、山廻り

  ・・・・  「山姥」より

この一年苦楽をともにした友との年度末の山旅。
企画してくれた心強い高橋嬢と、笑み絶えぬ長谷川嬢に感謝。
騒がしい西面に比して我々だけの東面の八ヶ岳県界尾根は、鹿の鳴き声と雪から頭を出す数個の苔むした石塔だけ。
思わぬラッセルにワカンを履いて辿り着いた大天狗のテント場は、木々に囲まれた雪の原で憩いの休息地であった。
夜半からの風雨も明け方には雪に変わり、登頂までの吹き曝しとなる核心部を考慮してリーダーは下山を告げる。
下りは雨対策の完全装備で未知への登攀から開放され、つのる風雨も意に介せず笑いが絶えない。

思えば彼女達とは春の穂高岳、盛夏のこれまた穂高連峰の岩登り、秋には岩の殿堂剣岳、冬は八ヶ岳の天狗尾根と記憶に残るこの一年の山廻りであった。
そんなことを振り返りながら、腐った雪に足をとられよろぼいながら登山口のスキー場に下山した。
一風呂浴びて卓を囲み飲む一杯の生ビールは、苦味より甘みが勝る山の神の贈りもの。

八ヶ岳東面、赤岳東稜

八ヶ岳東面、赤岳東稜

時期:2014年3月1日(土)~2日(日)
参加者:笹田、アベ、カト(L、記)
行程:
(1日目、3/1(土))小雪のち曇
新宿7:00(あずさ)8:54 小淵沢(タクシー)清里スキー場(県界尾根登山口)10:00…東稜取付点13:20…15:50幕営地(幕営)

(2日目、3/2(日))雪のち曇
幕営地6:30…第一岸峰7:00…第二岸峰10:10…竜頭峰12:20…キレット分岐13:30行者小屋14:10…美濃戸口16:30(バス)茅野17:28-19:30頃新宿

記録:
(総括)
県界尾根から赤岳へのルートを予定したが、不注意で先行パーティー(P)の踏み跡を追いかけて東稜に上がってしまった(先行Pに追いついて初めて知る)。登山口から20分で最初の県界尾根指導標、次の20分で同指導標、次の10分でまた指導標、20分で右方向の最後の指導標。途中で1本立てたので登山口から約1時間10分ほどの最後の指導標から右上して尾根に取付き小天狗に上がるのが正解だったようだ。小天狗方向は踏み跡がなく、かつ先行Pは県界尾根に向かうものとの先入観念があり、ついつい楽なトレースを追いかけたのが失敗だった。

大門沢をかなり上がり左尾根に取付いたので明らかに間違いに気付いたがここまで来て引き返すことはできないので流れにまかせた。なにせ大ベテランが二人いるのでどうにかなるだろう、と安易な気持ち。

目的から外れた山行だったが、結果的には赤岳東稜は全体に素晴らしいルートであった。雪稜と岩・雪・氷のミックス岩稜帯は雪山登攀を十分満足させてくれた。

笹田さん、アベさんにはルート間違いのため予備知識のない初見ルートを大変な困難とご迷惑をお掛けした。東稜の素晴らしさで勘弁してもらいたい。お二人にすべてリードしてもらい楽しく登攀できたことに感謝したい。

140302赤岳東稜ルート図2

140302赤岳東稜トポ
(1日目)
清里スキー場の上の駐車場でタクシーを下りる。県界尾根登山口は上の駐車場より少し下のロータリーから入る10:10。先行Pの踏み跡を辿る。ラッセルは大変だったと思う。大門沢を緩やかに登る。10:30ころ最初の指導標、11:20ころ右方向に向いた県界尾根指導標。小天狗まで1時間と書いてあったので1時間30分見れば着くだろう、また、真っすぐなルートで県界尾根に取付くルートもあるのだろうなど、と話しながら先行Pを追う。

しかし、沢を詰めていくほどに県界尾根は遠くなり不安になりながらも後には引けない気分になる。二股らしいところの上部を左に折れて左尾根に取付いたときは明らかに先行Pは県界尾根と違う。登った尾根は雪が深くワカンを履く。標高2300mほどの狭い平らなところで休憩している先行Pに追いつく。先行Pはここで幕営し東稜を登攀すると言う。

そうかこの尾根は東稜なのかと知る。何という馬鹿さ加減か。我々は時間が早かったのでラッセルしてもう少し上に上がる。右方向にトラバースしている微かなトレースを辿る。急斜面の尾根に取付き、比較的傾斜が緩い場所、ほぼ2350mを本日の幕営地とする15:50。斜面を2m弱削り整地する。

テントは男3人でザックを入れると狭い。それでも調理場を僅かに確保できる。晩飯はアベさんの野菜、鶏肉一杯、餅入りのクリームシチューをいただく。4人分くらいあったが美味しいのでお代わりしたほど。酒はほどほどにして20:00就寝。重い雪がテントをたたく。

(2日目)
4時前起床。雪が大分降った。朝食は笹田さんのミネステローネとバゲット。この朝食の量も多かったが皆で完食する。アベさんのスマホで天気予報を確認。雪は朝方までで次第に回復するとの予報を確認して6:30出発。

第一岸峰
第一岩峰

第一岸峰を目指して標高差ほぼ100mの急斜面をコンテで登る。カト-アベ―笹田の順。

ラッセルは新雪で膝を入れても足が潜る。第一岸峰手前の斜面で手こずりアベさんに代わってもらい、そのまま第一岸峰をスタカットで行く。岩場を超えると尾根に続く斜面の深い雪をアベさん先頭でラッセルする。尾根に出ると見た目は素晴らしいナイフエッジ。踏み跡のないナイフエッジは歩いたことがないので怖さが先に立ちアベさんに先に行ってもらう。稜線歩きは2時間ほどであったか。

第二岸峰を構成する尾根末端はまるで潜水艦を前から見たような形。右は北面で県界尾根方向、左は南面で真教寺尾根方面。笹田さんのアドバイスで灌木が多い左斜面を

第二岸壁
第二岸峰

行く。初見の難しさだがこの選択は大正解。アベさんリードで急斜面をトラバースし第二岸峰に取付く。4Pほどをアベさん、笹田さんがリードを交替して登る。中間のミックスは氷の壁でダブルアックスとアイゼン前爪が決まり気持ちよく登る。尾根に上がりコンテで行く。ナイフエッジの雪稜、露出した岩を超えると竜頭峰。風雪強し。赤岳方面に岩場を下りてトラバース気味に斜面を下ると文三郎一般ルートに出る。行者小屋まで一気に下る。

 

 

 

竜頭峰
竜頭峰

行者小屋で荷を整理して南沢経由で美濃戸口に向かう14:10。美濃戸口最終バスは16:30なので急ぐ。途中で靴紐の締めすぎで足先が痛くなりアイゼンをとらせてもらう。美濃戸に15:35、通常は50分で美濃戸口に行けるのでバスには間に合うが急ぐ。美濃戸口16:15。茅野駅17:28のあずさに乗る。いつものご褒美に白ワインを味わいながら3人で山行を振り返る。

 

 

 

笹田感想記
東面の三尾根の天狗、真教寺を登つて残す県界尾根を今回はトレースするのが私の目的であった。

山梨県は先日来の積雪で骨折りのラッセルが予想されたが、想いの外に少ないので行ってみないと分からないものだ。

大門沢から大天狗に直接辿れると思っていたので間違って登っている意識は無かったが、先行パーティーに追いついて現在地が赤岳東稜と教えられて驚いた。

右にトラバースすれば県界尾根には達するが、ガスの中で遥かに遠く見えたので相談の結果東稜をこのまま登ることになった。

こんな所にルートがあるとは全員知らなかったが、下山後調べてみると雪稜登攀の人気のルートであった。

トレースも、ルートの知識も無いので新しいルートを拓く歓びを久し振りに味わった。

良き仲間に感謝。

赤岳

赤岳(八ヶ岳)

・時期:2014.1.25(土)~2014.1.26(日)
・メンバー:みどり(L)、グッチー、カト(記)
・行程:
(1日目:1/25晴)
新宿駅7:00(スーパーあずさ) 9:08 茅野(バス)9:35→10:13美濃戸口10:35~11:30美濃戸~(北沢)~13:00赤岳鉱泉13:40~14:00中山展望台14:30~14:50行者小屋<幕営>

(2日目:1/26晴)
行者小屋8:10~(地蔵尾根)~10:30展望荘11:20~12:10赤岳~(文三郎尾根)~13:00行者小屋13:40~14:00鉱泉小屋14:10~15:00美濃戸~15:50美濃戸口16:35→茅野→帰京

・記録:
今年最初の集会後の飲み会の席でみどりさんが赤岳はまだ行ってないと言うので25‐26の日程を決める。グッチーさんも参加してくれて心強い。私は冬の赤岳は久しぶりで2012年1月以来。
(1日目1/25)晴、夜雪
天気は良く暖かだ。天気予報は今日の夜から明日の朝にかけて雪、明日午前中は曇で午後から寒気が南下して冬型気圧配置になるとのこと。
10:35美濃戸口スタート。1時間弱で美濃戸。堰堤でアイゼンを履く。橋がいくつあるか数えながら行く。沢の本流にかかる橋は8個、支沢に架かる橋を入れると10個。
13:00赤鉱泉小屋。時間に余裕があるので山中展望台を覗く。15時前に行者小屋着。

中山展望台で阿弥陀を覘
中山展望台

テントの数は多くない。水場は文三郎方面の水場で豊富に出ている。16:00テントに入り乾杯。私は荷が軽いのでビール3本を持参。みどりさんの体調が良くないようだ。横になってもらう。グッチーさんと私はみどりさんにお構いなく持参のウイスキーを飲む。17:00頃夕食。グッチーさんのキムチ鍋だがみどりさんは一口も食べない。体調が心配。
19:30頃寝る。雪が降ってくる。21:00、0:00ころの2度起きる。グッチーさんはその後起きてテントの雪を払う。結構な雪だ。

(2日目1/26)朝雪、後曇り、後雪、後晴
5:00起床。みどりさんの雑炊を食す。みどりさんは少し腹に入れる。体調は悪くはないようだ。雪とガスで天気は悪い。周りのテントは撤収している。7:00頃阿弥陀に1パーティー出た。グッチーさんが周りの様子を聞いてきてくれて赤岳には1パーティー出たが途中から踏み跡がなく戻ったとのこと。7:00出発予定にしていたが、様子を見ることにした。
8:00頃雪がやんだので地蔵尾根に向かって出発する。先行隊がいてトレースはしっかりついている。私は30分ほど歩いたところでキジを放つ。冬の地蔵は何故かマーキングの癖がついている。昨年末冬合宿で地蔵尾根最初の階段上でもようしたこともリタイア原因のひとつ。一昨年1月も同じ場所で人目もはばからずマーキング。すっきりして先に行ってもらった二人を追うがなかなか追いつかない。ガイド山行らしい男女二人組を追い越し、最初の急階段の上で捉える。ここからストックをピッケルに帰る。上に登ると新雪で歩きにくい場所がところどころある。岩稜帯前の梯子までの斜面のトラバースで大人数と出くわして待機。雪が悪くズボッと入る。鉄梯子は雪に埋まってピッケルを持っていない手も使って登る。上に出ると8人くらいのパーティー、ここが限界で引き返すと言う。時間的には遅くなくここからが面白いのに引き返すとは勿体ない。何処かで聞いたようなセリフを思わずつぶやく。岩稜帯で風が少しあり、トレースは微かだ。それでも標識があるのでルートは分かりやすい。
核心のナイフエッジに出る。私は2度の耳の手術で三半規管を触っているので普段からバランスが悪く、こんなところでは2点歩行に自信がなく膝や両手を使ってできるだけ3点確保する。他から見ればみっともなく見えるだろうがお構いなしだ。みどりさんはすいすいと後をついてくる。ここで10:00頃か。
10:30ころ展望荘。アイゼンを脱いでお汁粉を食う。餅が入っていて有り難い。
11:20赤岳に向かう。ガスが出て展望は利かないが時々強い風が吹く程度、暖かい日でコンディションは良い。12:10ころ赤岳P。

赤岳P
赤岳P

写真撮影をして早々に文三郎尾根に向かう。下山途中で大部隊と出くわす。時間をロスする。キレット小屋、文三郎尾根分岐標識からは風が強い。ゴーグルが凍って前が見えない。
下山路を快調に下る。途中の石柱標識を過ぎたあたりのクランク状の沢に突き出た平らな場所で2/8-9に予定している赤岳主稜取付点をガスの中から確認。
13:00ころ行者小屋に着く。残っているテントは1張りだけ。テント撤収してみどりさんの希望で北沢を下山することにして鉱泉小屋に向かう。鉱泉小屋14:00頃。雪が激しくなる。美濃戸口から茅野に向かうバスの最終は16:35。急いで下山するが、堰堤前でみどりさんが嘔吐しているとグッチーさんが言うので荷分けをすることにする。みどりさん、出すものを出したら気分が良くなったらしく足取りが軽く、歩きが早い。美濃戸まで休憩なし。アイゼンを外して美濃戸口に向かう。15:50美濃戸口に着き16:35のバスに乗る。バスでは買ったビールをゆっくり堪能して飲む。
17:20のあずさに乗る。電車ではいつもの白ワインを楽しむ。無事の下山、お疲れさまの自分へのささやかなご褒美だ。

久しぶりの赤岳で雪山を十分楽しめた。よい山行だった。。みどりL、グッチーさんに感謝。

塩見岳

 

南アルプス塩見岳

● 日時:平成25年12月21日(土)~23日(月)
● メンバー:カト(L)、笹田、アトム(記録)、ケンタ、スガ、いしつかみ
● 行程
12月21日  新宿バスターミナル7時10分発(予定7時00)高速バス・松川インター11時10分着(予定10時37分) ジャンボタクシー インター前11時20分発 鳥倉林道標高1630mゲート口 12時50分着 林道歩行13時20分発 鳥倉登山口標高1790mアイゼン装着14時30分発・・・標高2580m三伏峠小屋19時40分着(幕営)

12月22日  4時起床 6時30分発・・・本谷山10時20分・・・ゴーロの先塩見小屋手前直登上部12時30分折り返し・・・本谷山15時・・・三伏峠小屋幕営地16時40分着

12月23日  4時起床 7時発・・・9時00 鳥倉登山口着 林道歩行 鳥倉林道標高1630mゲート口タクシー10時30分発  松川町内日本そば屋さん11時50分着、食事  13時10分発タクシー  松川インター高速バス13時36分発  新宿17時着

● 記録
21日 新宿バスターミナル7時15分前には全員集合 今回いたさんが進さんの具合で急きょ不参加 となった、具合が気になります。席は前列側で(アトム、ケンちゃん)  (カトさん、笹田さん、)(スガさん、みっちゃん)で同席 各座席で話しが弾んでいる。少しうとうとし始め、自分はニュースで騒がれている人 猪瀬直樹のいつもの固いノンフィクションの小説を読む。少し渋滞はあったがそれほどでもなく約30分遅れで松川インターに到着 カトさんの段取りもよくすでにタクシーは待機していた、ちょっと気になり確認、確かにスタッドレスタイヤであった。速攻で乗り継ぎ途中コンビニによりいざ行ける所まで運転手さんにお願いし出発、運転手さんよると2,3日前の寒さでいつもより雪が多いとのこと、運転手さんが(あっーもうだめだ)と独り言 我々はドキッ、ここから歩くのかと・・・意味はここからチェーンを取り付けなければ駄目だ、でした。雪道を後輪が滑る、そして左右に振りながらの運転に一同力が入ってしまったが何とか通行止めのゲート口まで運転してもらえた。

林道を歩きいよいよ鳥倉登山口に到着 天候は晴天 三伏峠小屋まで3時間との表示があったが4時間はかかるかとヘッテンの準備をする。アイゼンを装着しカトさん先頭で出発 汗かきの自分の服装レイヤリングは、下はウールのタイツのうえに普通の少し厚手のストレッチのポリエステル製登山ズボン 雨カッパは、  はかず、上はファイントレックの下着のうえにウールのアンダーシャツにアウターはソフトシェル 樹林帯の中のため風対策はせず雨カッパは着ずに1時間に1回の休憩を入れながら順調に登っていく、ヘッテンを装着してからスガさんの足がつりだした。たいしたことではないとのことだがペースを落とす。その後ケンちゃん、みっちゃん、アトム(自分)で幕営準備のため先に進む。日が暮れればさすが寒くなる。

三伏峠3Km標識
三伏峠3Km標識

しかしペースを上げれば汗がこれ以上出てしまう自分は、汗をかかずに汗を乾かすマイペースの発熱量で進む、以外と距離が離れず幕営地に到着した、19時40分着もう寝る登山者もいるため他のテントからは離れたところで準備をする。もちろん開放小屋はいっぱいである。少ししてからカトさん達も到着 膝上まである新雪を固める。

20時30分乾杯から今夜の食胆カトさんの高級牛肉でのすき焼き、6人分のタマゴまで担ぎ上げてくれた。肉がとろける、疲れた体に優しく栄養が吸収していく。ご馳走様でした。22時睡眠

 

22日 4時起床 雲一つ無い夜空の月夜と雪で明るい。トレース横で雪に黄色い跡がポツポツ見られる。・・・この日に気づいたがトイレが一つだけ使用できるように開放してくれている。 風もない 気持ちのよい山行になりそうだ、ケンちゃんのチキンラーメンの朝食を戴く。6時出発予定を30分過ぎて行動 6時頃出発したパーティーがいる。トレース泥棒する気はないがワカンの跡が付いている、トレース幅が狭いため我々はアイゼンで行く。人によって何度も雪に足が落ちる。自分は落ちる瞬間の無重力で腰の力が抜けたため後日腰通になっていた。本谷山頂上手前でマイペースでスガさんに行ってもらう、笹田さんが同行する。それから4名で先に塩見岳を目指す。本谷山到着9時15分無雪期の行動時間の約倍である。少しぺースを上げる。次の休憩をして直ぐ、少し過ぎたところでアイゼンの下にワカンを付けて行動、約20分のロス ズボズボ墜ちる自分は以外と楽に歩けるが今までの1/10ぐらいで相変わらず沈む(墜ちる) ゴーロを過ぎ塩見小屋手前の直登を登るが直登途中の少し平らな場所でワカンをはずしアイゼンで進む準備にかかる。ここで今日初めて行動中に登山者とすれ違う。 10人弱のパーティーが塩見小屋の先には(もうトレースは無いよ)と教えてくれた。カトさんが瞬時に引き返そうかと尋ねてきた。その時の時間12時30分、本谷山から無雪期の行動時間の休憩含みプラス1時間30分オーバー(約倍)、前

断念折り返し地点180度パノラマ
断念折り返し地点180度パノラマ

のパーティーが引き返すのだからそれが妥当と二つ返事でみな了解。結構景色がよいのでそこで少し休憩。断念であるなら今回の核心だ、ケンちゃんもみっちゃんも180度のパノラマを楽しむ、 聞いた話によると同じ幕営地を6時にでたパーティー達と6時5分前に出発した単独登山者と一緒にラッセルしてここまできたとのことだが単独登山者はそのまま一人で塩見岳に向かったらしい。それが幕営地に到着後、数メートル幅の樹林の切れ目から、バタバタバタと爆音を立て夕焼けで赤く染まった名残惜しい塩見岳に向かうヘリコプターが飛んでいく姿を見ようとは、・・・

直登を前向きで下り幕営地に向かう。ゴーロあたりで二人連れの一応のカップルらしい人とすれ違う。東京北稜山岳会の4人の方ですか、?と聞かれ まえの二人連れは先に戻ると伝えてくれとの事でした。伝言有り難うございます。無事引き返したことにホットした。 我々が塩見小屋手前で引き返したことにガッツが無いようなことを冗談で笑いながら言ってた。もちろんトレースも無いことを伝えた。 ここまできたのだから(もちろん行きますよ)と,当然のように二人は向かって行った。

行きと同じ本谷山で休憩 出発しようとしたところにガッツが無いようなことを我々に言った、 ガッツのないカップルが引き返してきた。(やはり無理だったか、しかしそれが正解だろう) ワカンのみの装着で女性は結構疲れている様子を少し振り返りながら笹田さん、スガさんの待っている幕営地に向かう。目的の塩見岳を振り返りながら思う、よくあんなに遠くに見えるあの山のほうまで行けたなと、みっちゃんと交わした、一歩一歩の確実な積み重ねが作った大きな成果だと、あの夕焼けに染まる塩見岳に向かうヘリコプターを見

暖かいコーヒーを幸せそうに味わっています
暖かいコーヒーを幸せそうに味わっています

たのは、二人が入れてくれた生き返るような暖かいコーヒーを頂いた後であった。 それにしても帰ってきた時に暖かいのはテントでも家庭でもHOT する。 塩見岳に向かった単独登山者が心配だ、みっちゃんが推測するが山の事故の推測はいけない、事実として伝わる場合があるからだと笹田さんに教わる。見て聞いたことだけを正確に伝えるだけだ。   テント内で笹田さんが持参してくれた日本酒で乾杯、今晩の食胆はみっちゃん、お腹が空いているときは早く食べたい、事前に裁いて持参してきてくれたみっちゃんに感謝 あまり料理が得意でないと言うがなんのその、冬至を意識してくれてかぼちゃ入りのおいしいシチューを食べさせてもらえた。20時睡眠

 

 

 

幕営地から夕陽に染まる塩見岳
幕営地から夕陽に染まる塩見岳

 

 

 

 

 

 

23日 4時起床 笹田さんの後かたづけが手際よく早い、相変わらず勉強になります。 朝食はスガさんの何でも乾燥してしまうアイデアと研究心からできたマカロニカが入った具たくさんのシチューをおいしく食べさせてもらい返りの荷作りにかかる、昨日出会ったパーティーが通る。パーティーは別々であったが単独登山者が今日になってもテントに戻ってないと心配している表情で伝えてきた。7時下山開始 途中でまた塩見岳に向かうヘリコプターを音で気づき目で追う。やはり心は晴れなくなる。

鳥倉登山口9時着 結構早い、カトさんが早めにタクシーを呼んでくれた、支度を整え鳥倉林道ゲート  10時30分発 日本そば屋さんに向かう、各自好きな飲み物で乾杯、笹田さん、カトさん、自分が日本酒を飲んだ。・・・カトリーダー、笹田さん、そして皆さん有り難うございました。晴天にも恵まれ、楽しい思い出の山行になりました。・・・ 昨年に続き自分は冬山、夏山と 塩見は2度の断念になった。 白く聳えるあの山は自分には顔を洗って出直して来いとでも要っているようにどっしりと構えてる。 いいきっかけができた。

三ッ頭~権現岳~編笠山

三ッ頭~権現岳~編笠山

・時期:2014.1.11(土)~2014.1.12(日)
・メンバー:けんた(L)、カト(記)
・行程:
(1日目:1/11晴)
新宿8:00(スーパーあずさ5号)小淵沢9:53/9:57-10:13甲斐大泉(タクシー)天女山入口10:40-天ノ河原12:00-2,000m標識14:00-前三ツ頭15:30<幕営>CT4:50

(2日目:1/12晴)
前三ツ頭6:10-三ツ頭8:00-権現岳9:30-権現小屋9:40/10:40-青年小屋12:00-編笠山12:30-雲海14:00-富士見平14:30-観音平ゲート15:20  CT9:10

・記録:
-まとめ・感想-
3年ぶりに雪の権現岳を堪能しました。また、編笠までの縦走は初めての経験でした。三ッ頭から権現岳まではトレースなし、深いラッセルでルートファインディング、体力など技量を試される山行でした。計画どおり無事下山できたことはけんたLの判断、リードのお陰だと感謝しています。

権現から三ッ頭に延びる稜線途中から西側稜線へのトラバース斜面は3年前に出ていた岩稜帯が雪で隠れ深い雪面となっていてルートの選択が難しかった。もっとも雪面はどこでもルートになるので自分たちの力で行けるルート選択が適切だったと考えるしかない。

権現岳直下西斜面岩稜帯の誰もいない荒涼とした世界を二人だけが独占したのは勿体ないほどでした。降雪量は3年前の同ルートと比べて倍はあった感じです。

11日富士見平から入山のいたさんを隊長とする女子隊4名と権現小屋手前のやせ尾根でケッチボーし笑顔で握手。お互いの健闘を称え合い、山の仲間っていいなあと感じた瞬間でした。

(1日目:1/11晴)
甲斐大泉で下車し観音平ゲートまでタクシー。1,000円弱。雪は多く私はアイゼンを履く。けんたLはつぼ足。3年前の車道歩きは雪がなかった。左の斜面の天女山登山口

天女山登山口へ
天女山登山口へ

標識を入る。踏み跡はあまりなくオートモービルらしい跡を辿るが潜るので二人でワカンを履く。しばらく歩くとまた天女山への標識がある。左にカーブすると天女山だが踏み跡らしきものは真っすぐあるので辿る。車道にぶつかり、突っ切って斜面をいくとラッセルになるので車道を歩く。つきあたりが天ノ河原。どうやら天女山を巻いてショートカットしたらしい。

天ノ河原から前三ッ頭までは一本道だが2,000m標識から尾根に上がるまでの急登は厳しい。予定どおり前三ッ頭の稜線にテントを張る。本当は樹林帯に張りたかったが適当な場所がない。翌朝の確認で分かったことだがもう15分歩けば三ッ頭樹林帯入口にテントを張った跡らしきスペースがあったが後の祭りだ。

今回はけんたLにおんぶに抱っこで共同装備のテント、フライを担いでもらい、私はポールだけで登攀道具もなく荷が軽い。いつものマッカランは100cc程しか在庫がなかったので家の冷蔵庫からくすねたビール2本を持参する。初めての持参ビールで乾杯。けんたLは水2Lを担いできた。晩飯はけんたLのビーフシチュー。牛肉は高級らしく柔らかくうまい。ウイスキーではもったいなく赤ワインが欲しかった。19:00頃寝る。風が強く眠れない。フライがポールから外れることが心配でけんたLがトイレで起きた際に見てもらう。私はトイレタイムの2度と未明で1度確認する。

(2日目:1/12晴)
4:00起床だが私はけんたLに20分過ぎて起こされる。朝飯は私のにゅう麺。家で炒めてきた鴨肉とマイタケ、麺つゆを入れて出来上がり。簡単で美味くできたと自画自賛。
6:10出発。まだ暗く星がきれいだ。風は強い。微かな踏み跡を辿る。昨日11日に下山する人と結構出会った割りにはトレースは明確でない。風に飛ばされたせいだろう。三ッ頭でテントをたたんでいる単独者がいる。昨日権現から赤岳に縦走予定がラッセルで疲れて幕営したとのこと。ここまで踏み跡をつけてくれた彼に感謝し先に行く。いよいよ本格的なルーファイとラッセルの開始だ。三ッ頭からは基本的には稜線通しだが一

三ッ頭から権現
三ッ頭から権現

部巻くなどけんたLのルーファイが光る。権現岳から三ッ頭に延びる稜線は写真ごとく雪庇は心配ないのだが実際は近視眼的で雪庇が気になりどうしても斜面側を歩くので股下くらいのラッセルを強いられる。極力ハイマツや木の上を狙うのだが簡単ではない。ラッセルを交代しながら登る。稜線の中ほどでルートを相談する。私は相談した場所からバンド状に見える斜面をトラバースして西側尾根に出ている3つ目の大岩下に出ることを提案するが、けんたLは稜線直上か西側尾根に出ている2つ目の大岩下を左上することを示したのでLに従うことにした。けんたLに先導してもらう。少し登ったところで私は稜線直上の岸壁乗越は無理であり、また、左上も尾根への取付きが急雪壁で無理と考え水平に行くことを再提案する。けんたLは納得してくれて3つ目の大岩上を狙いトラバースする。実は先に相談した際、私の提案を受けて欲しく暗にほのめかしたがけんたLは自説を譲らなかった。リーダーの資質として私は「頑固さ」と「君子豹変さ」が必須条件だと考えている。けんたLがこの二つを持ち合わせていることが分かって嬉しかった。私は優柔不断、判断力ゼロで尻馬に乗る方だが、けんたLは社会でもきっと良きリーダーになることだろう。

トラバースは止むを得ないこととして、一番恐れたのは雪崩だ。股下まで入るので滑落の心配はない。私は足元と上に注意しながら慎重に行く。2つ目の大岩下まで数本ある大きな木の上に乗るとホッとした。西側稜線に出ると一面荒涼とした岩稜帯。権現Pが視野に入る。少し上に上がると権現小屋が見える。私たちを追ってきた単独者はトラバース斜面約30m後を追ってきたが西斜面の岩稜帯では見えなくなってしまった。どこに行ったのだろうか。雪崩れた音はなかったと思う。西斜面を権現小屋にトラバースするのは馬鹿げている。摩訶不思議。稜線へはジグザクにルートをとる。けんたLが少し遅

権現P
権現P

れるので「大丈夫か」と聞くと大きな声で「大丈夫」と返ってきたので安心する。稜線に上がり突きあたりが権現頂上を構成する切り立った岩場。直下に小さな祠があり一礼して左の3m程の岩を乗超す。上がるとバンド状の回廊があり頂上に続いている。けんたLは冬の権現は初めてだと言うので先に劒のある頂上に行ってもらう。3年前は前三ッ頭から権現まで約2時間行程だったが今回は3時間20分もかかった。条件によって山が異なることを再認識させられた。

権現小屋で昨日青年小屋の冬季小屋泊の方に女子4人組の所在を確認するがないと言う。けんたLは予備日を使うので青年小屋まで荷上げせずに途中で幕営しているのではないかと推測する。その読みは当たっていた。10:10の交信で権現小屋が見えるところにいると言う。良く見るとギボシの向こうの稜線に4人組が見えるではないか。権現小屋前のやせ尾根で合流。ケッチボーをして笑顔

女子隊と合流
女子隊とケッチボ

で握手を交わす。ここだけ風がなく陽だまりの感じ。聞くと押手川に幕営して空身で今朝登ってきたと言う。女子隊の皆さんは皆元気一杯。本日はもう1泊して祝杯を上げるとのこと。酒とつまみが残っていたら押手川のテントに置いていって欲しいと頼まれたが飲兵衛の私には無理な相談だ。けんたLは酒がほんの少し残っているがザック奥深くだと言うので勘弁してもらって押手川のテントを素通りした。それよりけんたLは行動食が尽きてしまいシャリバテになっていたようだ。非常食用に持参したという乾燥米をぼりぼりと食んでいた。

編笠山からの下山ルートが分かり難かった。観音平方面の標識方向にいくと踏み跡が途切れラッセル状態になるのでおかしいと思い頂上近くに上がりトレースを確認。夏道から外れて左斜めに雪面を下って樹林帯の夏道に入っていた。登る人にとってはこのほうが傾斜が和らいでいいのだろう。雲海からは観音平方面はパスして富士見平ルートをとる。車道への近道だ。車道に出て30分で観音平ゲートに着くと思っていたが40分近く歩いた。いつもながら下山の最終章での車道歩きほど厭なものはない。

小淵沢駅近くに有名なうなぎ屋があるので時間があれば寄って腹を満たしたいと思いタクシー運転手さんに聞くと夕刻営業は17時からで15:30頃の今頃は休憩だろう、とのことで断念する。駅に着き16:35発あずさ乗車まで時間があるのでそばを食う。けんたLはそば+お稲荷1個、車中用の駅弁、ビールを買い込む。私は白ワインボトルと白州ミニボトルを車中用とした。電車に乗り込みまず白ワインで乾杯。新宿近くなってけんたLのビールで最後を締めた。

雪山らしバリエーションを経験し、ラッセルなど厳しい面はあったが天気に恵まれ楽しさのウエートが高く記憶に残る山行であった。